28人目 悪夢の化身の審査
たまに自分の仕事をテレビゲームに例えて考えてみることがある。
普段、僕は提出される書類から矛盾点などを探し出す推理系ゲームをプレイ中だ。納得のいく答えに辿り着けば、僕は査証を発行してゲームを進行させる。
もし変なヤツが現れれば、僕は手元の赤いボタンを押し込んでバトルモードへ移行し、日本国土への侵入を阻止するタワーディフェンスの始まりとなる。このゲームをアクション性のない穏やかなものだと思っていたプレイヤーは、手榴弾や銃弾の飛び交う戦場へ一気に引きずり込まれてしまうのだ。
推理ものから一気にグロテスクアクションへ。その難易度やゲーム性の変化に小学生プレイヤーは途中でコントローラーを投げ出す。ゲーム制作会社には様々な苦情が寄せられることだろう。
決められた時間内にできるだけ多くの人数を審査して捌いていくことが、このゲームの主な目的となる。多く入界者を捌けば評価は上がり、貰えるポイントはアップ。しかし間違った判定で変なヤツを国土に入れてしまえば評価は下がり、ポイントはダウンする。何でもかんでもゲートの通行を許可してしまうと、ポイントは稼げない。高得点を目指すなら慎重な推理が必要だ。
それでは、このゲームにおけるゲームオーバーとは何だろうか。
それは多分、『死』だ。
自分のレベルに合わない強敵に襲われたり、タワーディフェンスに失敗したり、それでライフを失えば画面は暗転する。そこに『コンテニュー?』の文字はない。
僕は今までゲームオーバーになったことはないが、いつかなるのかもしれない。それは今日かもしれないし、明日かもしれない。これまで得てきたアイテムも実績も、次へ引き継げないかもしれない。
でもきっと、僕はこのゲームを続ける。
ゲームオーバーギリギリ手前になった記憶はいくつもあるが、それでも止めない。
それは、僕がバグで壊れてしまっているからだと思う。
* * *
黒川との対談が終了してから数日が経過した。
もうマスコミは召喚被害者のことで騒がなくなっていた。ネットのニュースにも黒川のことは全く書かれていない。
この施設への見学者もいつもと同じくらいに戻る。
正直、僕はマスコミの連中や僕目当てに訪れる見学者に飽き飽きしていた。そうした人間が減り、これでやっと日常に戻れると、僕はほっとしていた。
しかし、門はそれを許さなかったのだろう。
ついにヤツが現れたのだ。
* * *
その日も2番ゲートで入界希望者を審査していた。
ふと、門の方を見ると、美女がこの世界に入ってくるのが見えた。
その女は露出度が高い服装をしており、かなり際どい。大事な部分がギリギリ隠れるくらいだ。
なんか、こんな経験、前にもあったような気がする。
もしかして……僕はこいつと会ったことがあるのだろうか?
こうした際どい格好の美女は娼婦としての出稼ぎのためにこの世界に来ることがあり、厳重に審査しなければならない。
しかし、厳しい審査など面倒くさい。僕は基本的に問題を抱えていそうな入界者の審査はしたくないのだ。
(……頼むから他の審査ゲートに行ってくれ)
そう願うも、白羽の矢が立つ如く、彼女は2番ゲートに入ってくる。
「……こんにちは」
「あらぁ、こんにちはぁ」
色っぽい声だ。聞くだけで性欲をそそられるような、そんな声。
「……パスポートと滞在計画書の提示をお願いします」
「はぁい、これよ」
彼女はそう言いながら、胸の衣装を外す。
書類が出てきたのは、胸の谷間からだった。彼女はそれを僕に差し出す。
パスポートにはほのかに彼女の体温が残り、谷間の汗でしっとりと湿っていた。
やはり、ずっと前にこんな経験をした気がする。
僕はパスポートを見た。
名前:ルーシー・グネルシャララ
種族:ナイトメア・サキュバス
職業:魔王
「……魔王……ですか……」
「そうよぉ、私ぃ、魔王なのぉ。驚いたぁ?」
「……少しだけ……」
ルーシー・グネルシャララ……。
例の魔王が来てしまった。
こいつは黒川によって倒されたはずじゃなかったのか?
それと、気になるのは、この「ナイトメア・サキュバス」という種族である。こんな種族は聞いたことがない。
「この、ナイトメア・サキュバスとは何ですか? 聞き慣れない種族ですけど、普通のサキュバスとはどう違うのですか?」
「私はねぇ、闇魔術によってサキュバスから進化した新たな種族なの。多くの人間から同時に精力を搾取できる最強のサキュバス……どう? すごいでしょ? 闇魔法の威力もそこらのサキュバスとは桁違いよ」
「……そうですか」
僕は彼女の姿を観察した。
確かに、普通のサキュバスとは少し違うようだ。本来のサキュバスは悪魔のような羽と尻尾を持つが、彼女の場合はそれがドラゴンのようになっている。力強さを感じるような外見だ。
そして僕は自分の手元に視線を戻す。パスポートと一緒に渡された滞在計画書を見た。
「……滞在目的は、『亡命』ですか……」
「そうなのよぉ。黒川とかっていう勇者との戦いに負けて死者扱いされてぇ、部下に追い出されちゃったのぉ。可哀想な私を入界さ・せ・て?」
「審議には時間がかかりますが、それでもよろしいですか?」
「えぇ~。今すぐ入界したいわぁ。私、早く殿方の精力を吸い尽くしたいのぉ」
「……今の発言は審議の材料として保存させてもらいます」
「う~ん?」
彼女が何かに気づいたようで、僕の顔を凝視した。
「……どうしました?」
「いや、あなたさぁ、私とどこかで会ってない? 何かさぁ、あなたの顔、どこかで見た気がするのよねぇ。昔、こんな会話もしたような気がするんだけどぉ」
「……どうでしょうね」
「まさか、あなた、前にここで対応した審査官?」
「……」
「そうよね! やっぱりそうじゃない? ほら、私を覚えてる?」
そう言うと、彼女は変身魔法で自分の姿を変え始めた。
昔、どこかで見たような人物へと変貌していく。
「あ、もしかして……全裸の先輩に化けたサキュバス……」
僕はその姿を見て思い出した。
彼女とは以前、ここで対応したことがある。
サキュバスのルーシー。観光客に扮し、この世界で違法風俗を展開しようとした危険人物。ここへ来た当時、僕に色仕かけで迫り、全裸の先輩に化けた。それが仇となって先輩からの怒りを買い、聖水を振りかけられて逃げるように帰っていったのを覚えている。
「私ぃ、あれから強くなったのぉ。すごいでしょう?」
彼女は自分の姿を今の状態に戻した。
髪型や羽、尻尾は当時と異なっているが、顔や体型をよく見ると面影が残っている。
「まさか、あのときのあなたが魔王になっているとは……」
「魔王になるのは大変だったわよぉ。魔王の位に居座っている邪魔者を排除するために、錬金術師と魔術師をたくさん私の虜にして、すっごい兵器を作らせたんだからぁ……」
それってまさか……?
「……デュラハン?」
「あら、よく知ってるわね? 結局、そのデュラハンは先代の魔王と一緒に行方不明になっちゃったんだけどさ。結局、魔王の座は私のものになったし、良かったかなぁって」
あの強力なデュラハンを作らせた主犯格はこいつらしい。
こいつのせいで僕とプリーディオはとんでもない目に遭ったことを、本人は知らないようだ。
「……あなたを拘束します」
「はぁ? 何で?」
「あなたのデュラハンがここで暴れて、この施設をめちゃくちゃにしたからです」
「知らないわよ、そんなの! あのデュラハンが勝手にやったんでしょ?」
僕は警報ボタンを押し込んだ。
ビーッ! ビーッ!
施設全体に警報音が鳴り響く。
《2番ゲート、どうした? おくれ》
「先日のデュラハンを製造した主犯格がここにいます。拘束願います。おくれ」
《了解。警備隊を向かわせる! おわり》
警備隊が2番ゲートへと突入した。
「手を上げた状態で床へ伏せろ! 10秒以内に従わない場合は発砲する!」
重装備の隊員たちはアサルトライフルの銃口をルーシーへ向ける。
「私には鉛玉は効かないわよ?」
ルーシーは鼻で笑い、余裕の表情を見せる。
「……10秒経過した! 撃て!」
ズガガガガガ!!
警備隊はルーシーに向けて発砲する。撃っているのは殺傷能力の低いゴム弾で、彼女を弱らせてから拘束するのだろう。
しかし、ルーシーはドラゴンのような羽で全身を覆い、体をガードした。弾は彼女の周辺にボトボト落ちていく。
弾の当たる様子からして、その羽は鋼鉄並みの強度があるだろう。
ルーシーは羽の隙間から顔を出し、怪しく「フフッ」と微笑んだ。
「くっ、撃ち方止め!」
「き、効いてないぞ!」
「あら? 鉛玉じゃないのね。私を拘束したいのなら殺す気でかかってくればいいのに……じゃないと、こっちがあなたたちを殺しちゃうかもよ?」
【次回、「29人目 因縁の対決の審査」に続く】
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