29人目 因縁の対決の審査
「ネット用意!」
隊員が叫ぶと、列の後方からネットランチャーを持った隊員が前方へ現れる。
「発射!」
バシュッ!
彼はネットを発射し、彼女を拘束しようと試みる。
巨大なネットがルーシーに降りかかった。そのネットは繊維が特殊な構造をしており、防犯用に販売されているものよりも10倍以上強度がある代物だ。
ルーシーはそのネットを見て、腕から闇魔法を展開する。
「目障りよ。吹き飛びなさい」
彼女の腕から強力な衝撃波が発生し、警備隊員ごとネットを2番ゲートからホールへ吹き飛ばした。
「ぐぁっ!」
装備を含め、体重80キロを超えるであろう隊員たちが、紙のように宙を舞う。10メートル以上は吹き飛んだだろうか。
「さぁ、今度こそ入界させてもらうわよ。カタブツ審査官さん」
警備隊を排除した彼女は、ガラス越しに僕を見つめた。
そのとき、ルーシーの眼球が赤く光る。
次の瞬間、僕の体は言うことを利かなくなった。
まるで、彼女に操られているかのように、勝手に手足が動く。
「……まさか、邪眼……?」
「そうなの。私、邪眼を持っているのぉ。やっぱり魔王たるもの、これくらい持ち合わせていないとダメよねぇ」
かつてプリーディオに見せてもらったことがある邪眼。目を合わせた人間を操ることができるという魔術だ。
ルーシーはあっかんべぇをするように邪眼を見せつける。
以前のルーシーはこんなものを持ち合わせてはいなかったが、向こうに帰ってから入手したのだろう。
「さぁ、そこの扉を開けなさぁい」
「……」
僕の体は勝手に歩いてカウンターに近づき、扉のロックを解除するボタンを押し込んだ。
扉のロックは解除され、この世界に出るための入り口が開いてしまう。
「ありがとぉ~。いい子ねぇ。今度会ったら、精力を吸い尽くしてあげるわ、審査官さん」
チュッ!
彼女は僕に投げキッスをして扉を過ぎようとする。
どうしよう。大失態だ。また先輩に怒られるかな……。
そのとき、扉の向こうに人影が見えた。
「……嫌な気配がすると思ったら、やっぱりあなただったのね。ルーシー」
この声は……。
「げっ……あんたは……!」
扉の向こうで、ルーシーの行く手を阻むようにゴシックロリータファッション姿の少女が立っている。
その人物は少女の魔王、プリーディオだった。
「黒川っていう男に倒されて死んだと聞いていたけれど、まさか生きていたとはね……ルーシー」
「残念だったわね。トリックよ。それに死に損ないなのはお互い様でしょう? この糞ガキ!」
「
「ちっ! ここで殺しあおうってわけね!」
プリーディオは腕に闇魔法の魔力を溜め始めた。ここで戦闘を始めるつもりだろう。
一方、ルーシーも魔力を増幅し始める。彼女の周りに黒いオーラが収束し、強力な闇魔法を展開する準備を整えた。
そんな様子を見て、僕は思った。
また2番ゲートはめちゃくちゃになる、と。
逃げようにも、邪眼の効果で体が動かない。
「なるべく、施設を破壊しないようにお願いしますね」
僕はプリーディオに話しかけた。
「大丈夫よ。
「言いやがったな! 今度こそ地獄に送ってやる! 死に晒せぇ、プリーディオ!」
先に魔法を展開したのはルーシーだった。妖艶な美女の顔は完全に消え去り、獲物を狩る獣のような目をしている。
高い火力を持つ黒い魔法の渦が彼女の手から発せられ、プリーディオへ襲いかかった。
「……!」
しかし、その魔法はプリーディオの手によって打ち消され、煙のように消えてしまった。
「なっ! てめぇ! 何しやがった!?」
「相殺したのよ。所詮、デュラハン頼みの魔王ね。威力が全然ないわ」
「なんだと、この糞ガキッ!」
「次は私から攻撃させてもらうわ」
プリーディオは指先から黒い球のような攻撃魔法をルーシーに向けて撃ち込んだ。
ルーシーは羽を使って体をガードするも、攻撃を受け流しきれずに2番ゲートの外へ飛ばされる。
「ぐぁあああっ! やりやがったなぁ! この糞ガキィィッ!!」
ルーシーは吹き飛ばされている最中に、羽を広げて体勢を立て直す。彼女は空中で羽ばたきながら攻撃魔法を撃ち出す準備を始めた。
しかし、
キュイィィン……。
「なんだぁ!」
そこは警備隊が所有する高出力レーザー射出装置の射程範囲だった。
レーザーがルーシーの羽に大きな傷をつけていく。
「くそぉ! 小賢しいマネを!」
ルーシーは射出装置に向けて闇魔法を放った。彼女の体の周囲から発せられた何本ものビーム状の攻撃魔法が、壁や天井に当たり、射出装置を破壊していく。
「戦闘中に余所見は感心しないわね」
ルーシーが射出装置に気を取られている隙に、プリーディオは自身の魔力を手に収束させていた。
「終わりよ。ルーシー」
プリーディオが放った闇魔法を凝縮した一撃は、ルーシーの腹部に命中する。
次の瞬間、黒い光がホール全体を包み込んだ。
「ギャアアアアッ!」
聞こえてきたのは、ルーシーの叫び声だった。
僕にはそこで何が起きているのか分からない。
黒い光が消えると、ホールの中央にルーシーが倒れていた。
「……私の勝ちね。ルーシー」
その傍にはプリーディオが立っており、ルーシーを見下すような表情で見つめていた。
ルーシーの方はまだ体がピクピクと動いている。どうやら息はあるらしい。
「こっ……この……くそガ……」
「『糞ガキ』なんて言ったら、次は脳天と心臓を闇魔法で貫くわよ」
「ぐっ……」
その直後、警備隊がルーシーのもとへ駆け寄り、彼女を拘束した。全身を拘束具で固め、ストレッチャーでどこかへ運んでいく。
プリーディオはその様子を見届けると、2番ゲートに入って僕と向かいあった。
「……このゲートは破壊しないでおいたわ」
「うーん、ありがたいんですけど、それでも他の箇所は破壊されてしまいましたね」
僕はホールの方を見た。ルーシーによって破壊された高出力レーザー射出装置が火花と黒煙を上げている。耐火服を着た隊員が消火作業を開始していた。
「施設がこんなになってしまって……また、意見交換会でいろいろ言われますね、これは」
今回、2番ゲートは吹き飛ばずに事態が収束したものの、再び莫大な損害額を叩き出したのだった。しかも、高出力レーザー射出装置は高額だ。前回よりも数倍の額になることが予想できる。
* * *
3日後。
緊急で意見交換会が開かれた。
会場で同期さんに「またあなたが騒ぎの中心なの!?」と驚かれ、出界審査官の代表に「また君か。呪われているんじゃないのかね?」と言われた。
そのとき僕は、黒川が言っていた波乱はこれで終わりだと思っていた。
しかし、また僕に波乱が近づいていたのだ。
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