26人目 召喚被害者の審査

 次の日も僕は出勤した。

 施設手前には謎の人だかりができている。


(……何だあれは?)


 そんなことを考えながらその場に立っていたら、その集団のうち何人かが僕のところへ寄ってきた。


「すいません! あなたが黒川修哉さんに応対した審査官ですか?」


 スーツ姿のマイクを持った女性に話しかけられた。彼女の後ろにはカメラを持った男性も立っている。


(ああ、こいつらはマスコミか……)


 出勤前にスマートフォンでニュースを見たら、「異世界召喚被害者 帰還」という見出しのページがいくつもあった。テレビや新聞もきっと同じような状態なのだろう。8年振りの帰還ということもあり、メディアはお祭り状態だった。


「すいません。審査官の守秘義務で、許可がないと明かせないので……」


 僕はマイクを持った彼女にそう言って、人ごみをかき分けながら施設に入った。とにかく邪魔でしょうがない。

 もう少し取材方法に配慮してほしいものだな……。


     * * *


 その日、全ての入界審査官に連絡が入った。

 施設でマスコミ向けに会見が企画されている、とのことだ。会見の内容はもちろん、異世界召喚被害者の帰還についてだろう。


「当時、修哉くんに対応した審査官として、お前も出席してくれ」


 先輩にそう言われた。どうやら日本全国に生中継されている中で、彼が審査ゲートにやって来た様子を説明しなければならないらしい。

 正直、面倒くさかった。昼のワイドショーなんかを見てていつも思うが、マスコミはどうしてそんな細かいところまで知りたがるのだろう。


     * * *


 記者会見の場として、施設内の広い会議室が指定された。

 僕は廊下で会場前を通るついでに、会場をそっと覗いてみる。

 当時、予定の時間まではまだ2時間以上あった。しかし、会場には多くの報道関係者が集まっていた。撮影機材が列のように並び、カメラマンが機材をセッティングをしている。報道関係者の中には、「お昼の顔」として有名な女性アナウンサーもいた。有名動画サイトの関係者もいる。

 やはり、この出来事はかなり世間から注目を集めているようだ。

 先日の「デュラハン事件」といい、入界審査官の間では世間の注目を集める事件が多すぎると思う。

 しかもそうした事件は全て2番ゲートで起きている気がする。2番ゲートは呪われているのだろうか……。


     * * *


 会見の開始時刻となった。まず最初に僕と先輩が会場に入る段取りらしい。

 僕が会場に足を踏み入れた瞬間、一斉にカメラのフラッシュがたかれる。


「今、会場に入ってきました。あれは……黒川修哉さんでしょうか?」


 お昼の顔のアナウンサーが言った。彼女は僕を見て言っている。

 違うぞ。僕は黒川じゃない。

 きっと事前情報で渡されていた黒川の写真と、僕が似ていたのだろう。


 そして、黒川修哉と、その家族が会場に入ってくる。


「あ……失礼しました。こちらが黒川修哉さんですね。訂正してお詫びします」


 再びアナウンサーが言った。

 もう番組では「僕=黒川修哉」という字幕が流れてしまったのだろう。


「それでは、会見を開始させていただきます」


     * * *


 それから2時間ほど、僕と黒川は記者団からの質問攻めに遭った。


「……審査官のあなたにお聞きしますが、黒川さんが当時ゲートに入ってきた様子はいかがでしたか?」

「淡々として落ち着いた様子で、僕の質問に答えてくれました」

「どのような質問をしたのでしょう?」

「全ての入界者に聞くような、形式的な質問ですね。名前とか、ここへ来た目的とか……」

「黒川さんが異世界召喚被害者と知ったときはどう思いました?」

「いや、別に……『この方が異世界召喚被害者なんですね』と思いましたね」


「黒川さんは、向こうの世界ではどのような生活をしていましたか?」

「剣を持って、魔物を倒しながら魔王の討伐を目指して旅をしていました」

「魔王はどんな敵でしたか?」

「……サキュバスを強化したような姿でしたね。背中の羽がドラゴンの翼のようになっていて、魔法の威力も高かったです」

「この世界に帰れる許可が出たとき、どう思いました?」

「いや、別に……『帰れるんだなー』と思いましたね」


 僕と黒川は表情を変えずに質問へ答えていく。声のトーンも変化しない。記者から「お二人は兄弟ですか?」と質問されたほどだ。

 僕と黒川は似ているのだ。


     * * *


 記者会見終了後、僕はネットのニュースを見た。

 予想通り、ページは黒川修哉帰還に関する記事で溢れていた。

 ほとんどの記事は、「異世界召喚被害者の生活実態」といった見出しで書かれている。そうした記事に混ざって「被害者と似ている審査官 黒川と間違えられる」という見出しもあった。

 どうやらマスコミが事前に入手していた黒川の高校生時代の写真と、僕がかなり似ていたらしい。会見の様子を中継していたテレビ局6局中5局が「僕=黒川」という字幕を放送中に流してしまい、謝罪する事態になったという。

 SNSには僕と黒川を比較する画像が大量に流れ、質問への反応も似たような回答が多かったと話題になっている。「これは似すぎw」とか「二人ともめちゃくちゃダルそうw」といったコメントが載せられていた。

 その2日後、某テレビ局から僕に電話での取材が来た。時事ネタを斜めに見るような番組からのものらしい。「あなたと黒川さんが似ていると言われていますが、どう思いますか?」と聞かれた。僕は「いや、別に……いいんじゃないでしょうか」と答えた。


 後日、僕は偶然その番組を見た。その取材でのやり取りに、大物女性司会者が「こいつ、無気力すぎだろ!」とツッコミを入れ、視聴者の笑いを誘っていた。

 そんなに面白かったのだろうか? 僕には一般人の感性がイマイチ分からないな……。


 その放送が原因で、僕目当てに施設へ訪れる見学者が一時的に増加することになる。それによって、施設周辺の店が少し繁盛したらしい。

 まさか自分が経済効果を生み出すとは、思いもしなかったな……。


     * * *


 そして、黒川が帰還してから1週間が経ったときのこと。


 僕が更衣室で着替えていると、いつものように先輩が途中で入ってくる。


「あのですね……勝手に入って来られると困るのですが……」

「そうだな。心に留めておく!」


 多分、先輩のことだから次も勝手に入ってくるだろう。


「で、何の用です?」

「うん……その、修哉くんが、お前に話があるらしい……。直接会いたいと言ってきた」

「黒川さんが? 僕に一体何の用で……?」

「それは私にも教えてくれなかった」


 黒川は僕と先輩との関係のことで話があるのだろうか?

 思い当たる話す内容といえば、それしか思いつかない。ドロドロとした話し合いにならなければいいが……。


「……分かりました。話し合いに応じましょう。時間と場所を教えてください」

「待ち合わせ場所はもう決めてある。私たちがいつも行く居酒屋の個室だ。今日、お前の仕事帰りに待っているそうだ」


     * * *


 仕事帰りの夕方、僕はその居酒屋に入店した。受付の従業員に僕の名前を出すと、その個室まで案内してくれた。

 部屋の襖を開けると、彼は座って静かに僕を待っていた。


「……久しぶりですね、黒川さん……」

「……また、お会いできましたね……」


 僕は黒川と向き合うようにテーブルの反対側に正座する。


「好きな飲み物でも頼んでください」


 黒川は僕にメニュー表を差し出す。僕は適当なソフトドリンクを注文した。


「……それで、黒川さんが僕に話したいことって何でしょう?」

「……そうですね。雑談はしないでいきなり話のさわりにいきましょうか……」

「雑談は苦手なので助かります」

「あなたも苦手ですか。やはり、似てますね。僕とあなたは……」


 そう言うと、黒川は僕へ伝えたいことを話し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る