10人目 先輩審査官の審査

 勤務時間終了後、私は施設内の廊下をフラフラと歩いていた。


 仕事のミスの注意。


 自分では仕事を完璧にこなしているつもりだったが、指摘されると心に深く刺さるものがある。

 同期入社した人は『初心者だから仕方ないよ』と言ってきた。

 しかし、ある同期は『高学歴もたいしたことないな』と陰でコソコソと言う。


 何よりも、自分がそういう失態をしていたことがショックだった。


 大学やアルバイトでもあまり大きな失敗をしなかった私は、この仕事でもミスすることなくこなせるだろうと考えていたのだ。

 仕事って厳しい……。


「はぁ……」


 無意識にため息が出てしまう。

 どんな処分が私に下るのだろうか……。

 このことが頭から離れない。


 そのとき、


「おーぃっ! 元気かぁ?」


 廊下の向こうから大声が聞こえた。声がした方へ顔を向けると、私へ手を振る女性がいた。

 入界審査官のチーフ、白峰先輩である。


「……あぁ、白峰先輩ですか……」

「何か元気なさそうだから、声をかけちゃった」


 彼女は私に近づくと、ポンと軽く肩を叩いた。ニコニコしながら私の顔を覗き込む。


「……その表情からすると……仕事でミスがあったみたいだな?」

「……そうです」

「まぁ、今は新人がミスで落ち込む時期だよな。そのうち慣れるさ」

「……」


 私は俯いた。

 白峰先輩はこんな風に言ってくれるが、そのニコニコした表情が私を嘲笑っているようでイラつく。

 それだけ、私の心には余裕がなかったのだ。


「なぁ」

「……何ですか?」

「あの続きをしないか?」

「……何の続きですか?」

「ほら、お前が話そうとしてたのことだよ。私がを入社させた理由を教えてやるよ」

「……」


 私は腕時計で時間をチェックした。もうすぐ夜になろうとしている。

 今日は帰宅以外に予定もなく、断る理由がなかった。


「ほら、行こうぜ。帰りに夕食でも奢ってやるからさ」

「はい……」


     * * *


 私は先輩に連れられ、再びラウンジに入った。

 私たちは壁際に立ち、ガラス越しに審査ゲートを見下ろす。


「ほら、あそこ! あそこでアイツが審査してるんだ」


 先輩は入界審査ゲートを指差した。2番入界審査ゲートにアイツはいるらしい。

 私も担当するのは2番出界審査ゲート。

 アイツと同じナンバーのゲートを担当しているのが、少しだけ気に食わない。


「ぶっちゃけ、アイツはコネ入社したようなもんだよ。私が強く推薦した」

「……やっぱり、そうだったんですね」

「私とアイツは同じ大学のゼミ出身で、私がこの仕事に誘ったんだ」

「でも……採用試験は公平に行うべきだと思います。それに、あんなヤツがいたら施設全体のイメージダウンというか……」


 そのとき、


 ビーッ! ビーッ! ビーッ!


 施設内に警報音が鳴り響き、2番入界審査ゲートに警備隊が突入する様子が見える。


「あ、何か起こったみたいだな。まぁ、大丈夫だろ」

「ホントに大丈夫なんですか……?」

「アイツはトラブルメーカーだから、慣れてると思う」

「……どうして、そんなトラブルメーカーをこの施設に置いておくんですか?」


 私は視線を審査ゲートから先輩の顔へと移した。


、だな」


 先輩はそう言った。


「トラブルばっかり起こすのに、適しているんですか?」

「お前も知ってると思うけど、アイツのダルそうな態度は接した人をイラつかせるんだ」

「……そうですね。イラつきます」

「だから、審査対象の人間はその態度にイラついて冷静な判断を失うだろ? その結果、喋らなくていいことまで口走っちゃうんだよ。だから、トラブルにも発展する」

「それって良いことなんですか?」

「まぁ、暴力沙汰になるのは感心しないけどさ」

「なら、どうして……?」

「他の審査官が審査した入界者と比べて、アイツが審査した入界者はこの世界でトラブルを起こす確率が一番低いんだ」

「何でですか?」

「トラブルが起こると同時に、問題を抱えている入界者が表面化して、そこで排除されるからだ。トラブルを起こすことで、アイツはこの世界を守っているんだよ。アイツはそれを意識してやってるのかは分からんがな」

「そうですか……」

「そうやって、アイツは入界者を選別してる。アイツに関する苦情は施設内では一番多いけど、審査官としての役目は十分果たしてると思うんだ」


 苦情が一番多いの……? それはそれで問題だと思うけど……。

 私は先輩の話を聞いて、もう一度2番審査ゲートを見つめた。そこに座る彼の影が見える。

 きっと今もダルそうな顔をしているのだろう。


「つまりだな、私が言いたかったのはってことだ!」

「……そうですね。彼が審査官になった理由が分かった気がします」

「それともう一つ!」


 先輩は私の顔を見た。


「お前もアイツみたいに、周りの苦情とか相手の感情なんか気にせず、『、ってことを言いたかった」

「……そうですね。彼はいい例になったと思います……」

「おう、出界審査も頑張れよ!」


 先輩は私の肩を叩き、ラウンジを立ち去ろうとする。


「ほら、飯に行くぞ!」

「……」


 しかし、私の心の中にはまだ疑問が残っていた。


「あ、あの、先輩!」

「ん?」

「先輩とアイツは、肉体関係があるんですか!?」

「せっかく仕事のアドバイスをして、良い雰囲気だったのにさぁ……どうしてそういうこと聞くかな?」

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