9人目 仕事のミスの審査

 翌日、私はゲート施設に出勤し、あの女性面接官を探した。採用面接を担当していたなら、この施設で働いているはずだ。

 まず彼女の情報を得るため、同僚の出界審査官に尋ねてみた。


「ああ、知ってるよ。その人、入界審査部門で働いているチーフだよ。すごい美人だよねぇ」


 同僚から話を聞く限りでは、その女性はアイツと同じ入界審査官らしい。


「その人の名前は分かる?」

白峰しらみね京子きょうこっていう名前だよ」

「どこで会えるか知ってる?」

「普段はデスクと審査ゲートを往復しながら仕事してるけど、昼食はラウンジで持参したお弁当で済ませてるらしいよ? 多分、昼頃にラウンジに行けば会えるんじゃないかな?」

「分かった。ありがとう」


 アイツのコネ入社疑惑について、彼女に直接問いただしたかったのだ。


 私は努力して色々勉強を重ねて入社した。それに対し、コネで楽に裏口入社するようなアイツが許せなかったのだ。


     * * *


 そして、昼休み。私は彼女が現れるという施設内のラウンジに向かった。ラウンジは施設の最上階に位置し、ガラス張りの壁から門と審査ゲート全体を見渡せる構造になっている。


「あっ……!」


 いた!

 確かに、ラブホテルの玄関で見た女性だった。同僚に聞いたとおり、彼女はベンチに座りながら弁当を食べている。

 やっと見つけたわ……!

 私はカツカツと靴音を立てながら彼女に向かって歩き出し、目の前で止まった。


「あ、あの! 白峰先輩ですか!?」

「……ん?」


 その女性は唐揚げ弁当をもしゃもしゃと頬張りながら私の顔を見た。


「……何か用?」

「その……私を、覚えていますか?」

「えっと……誰だっけ? 新人ってことは分かるんだけどさ、審査官ってたくさんいるからなぁ。関わりの薄い人間は忘れちゃうんだよ」

「水無瀬美帆と言います! 採用面接の担当があなたでしたけど……」

「そうかぁ、すまんな」


 この人、話し方が男っぽい。


「実は……あなたに直接お聞きしたいことがあるんです!」

「何を?」

「私と一緒に採用面接を受けてた男の子のことなんですが……」

「誰だ、その男の子って?」

「影沼清太郎っていう審査官で、あのダルそうな目をした……」

「あぁ、アイツか!」

「私、どうして彼が審査官になれたのか納得できなくて……採用面接では全然自己アピールができていなかったし、研修所でも騒ぎを起こすし……アイツは、新人の間で『コネ入社したんじゃないか』って噂になって……」


 そのとき、


 ピリリリリリ……!


「……電話鳴ってるぞ?」

「……はい」


 私の携帯電話から着信音が発せられた。


「……」


 止むを得ず会話は中断され、私はホルダーから携帯電話を取り出す。


「え……チーフ?」


 電話をかけてきた相手は私が所属する出界部門のチーフだった。通話ボタンを押し、電話を耳に当てる。


「……もしもし?」

《あぁ、お前か? 今、どこにいるんだ?》

「ゲート施設の……ラウンジです」

《分かった。今すぐ所長室まで来てくれないか?》

「え……何かあったんですか?」


 上司からの突然の呼び出し。本当、心臓に悪い。所長室に呼ばれるのは初めてだ。

 私は知らぬ間に、何か怒られるようなことでもしてしまったのだろうか。不安で胃が痛くなる。


《それは、こちらに来てから話す》

「そうですか……分かりました。すぐに向かいます……」


 私は電話を切る。


「呼び出しか?」


 白峰先輩はもぐもぐと弁当を食べながら私の目を覗き込む。


「はい。そうです」

「そっかぁ。仕事で何かミスでもやらかしたのか?」

「……分かりません。身に覚えはないのですが……」

「まぁ、とにかく行きなよ。上司を待たせると、もっと評価が下がるぞ」

「……そうですね。行ってきます」


 こうして、話したかったことを彼女へ伝えることができないまま、私は上司が待つ所長室へ向かったのだ。


     * * *


「君が審査した出界者が、今月に入って2人行方不明になっている」


 所長室で、上司にそう言われた。

 私はデスクの前に立たされ、彼の説明を聞く。


「その出界者が滞在する予定だった宿に、彼らが来ていないらしい。現在もその行方を掴めていない」

「え……」

「これは彼らが何か事件事故に巻き込まれたとも考えられるが、そんな情報はない。異世界で大きな事故があれば被害状況はすぐにこの施設へ届くが、そんな情報は入っていない。魔族に捕まったのなら人質として身代金などの要求をしてくるはずだが、それも今のところない。魔物に襲われた可能性もあるが、滞在計画書を見る限り行き先は危険度の低い地域で襲われたとは考えにくい。つまり……私の言いたいことが分かるか?」

「いえ……」

「これは……『不正出界』ということになる」

「『不正出界』……ですか」

「あぁ。最近、『向こうの世界に行けば人生をやり直せる』と考えている若者が増加傾向にあるらしい。堅苦しい現実社会から逃げるために、特に何の予定もなく向こうの世界に移住しようとしている。

 だが、我々としてはそんな出界を認めるわけにはいかない。魔物や魔族による犠牲になるだけだ。

 中には、そうした行き場のない人間を狙って『邪神教』という連中が信者獲得に動いているという情報もある。他宗教の人間を排斥しようとする危険な組織らしい。

 こうした問題に向こうの世界も後処理に苦労しているし、この国も人口流出で頭を抱えている」

「はい……」

「今後、君は出界する人間をもっと注意深く審査して欲しい。問題が深刻化したとき、社会から叩かれるのは……この施設と、君たち審査官なのだからな」

「……申し訳ありません」


 私は深く頭を下げた。


「現在、行方不明になった2人については調査中だ。もしこれが『不正出界』で、今後問題が起きれば、君には『審査不備』として処分が下る可能性があることを頭に入れておいてくれ」

「……分かりました」

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