8人目 コネ入社君の審査

 合コン終了後のことである。


「じゃあ、アタシたちは電車で帰るから」


 私の友人や男性審査官は近くの駅から電車で帰宅するらしい。私は駅前に残り、手を振って彼らを見送る。


「じゃあ、またねー」


 彼らも私に手を振りながら駅の奥へ進んでいき、人ごみに紛れて見えなくなった。


「……ふぅ」

「……」


 駅前には私と、だけが残された。

 彼は私の横に立って自分の携帯電話を見つめている。


「アンタは電車で帰らないの?」

「……いずれ帰りますけど、この近くで用事ができたんです」

「そう……」

「それでは水無瀬さん……僕は失礼します」


 彼は私に軽く頭を下げ、その場を立ち去ろうとする。


「あ、あのさぁ……」


 私は立ち去ろうとする彼に声をかけ、引き止めた。

 というのも、合コンでのアプリが示した結果に疑問あったからだ。


「何です?」

「アンタさぁ、さっきの『フィーリングチェック』のアプリで私を選んだでしょ?」


 あのとき、私の友人は全員こいつを選んでいた。そして、私はこいつ以外の男性審査官を選んだ。

 つまり、『カップル 不成立』になるためには、こいつが私を選ぶしかないのだ。


「……いけませんか?」


 今の発言は『私を選んだ』と認めたようなものである。

 私はこんな男に好かれているのだろうか? 彼がどれだけ私に本気で好意を持っているのかは分からないが、一応確認しておきたかった。

 もちろん今告白されても、答えは「NO」であるが……。


「ちょっと、意外だったから……」

、今後の関係がうまくいくのかな……って思ったんです」

「え……?」

「何でもありません。気にしないでください」

「それって……」

「それでは、僕は用事があるので失礼します」


 彼は踵を返して歩き出し、人ごみに紛れてどこかへ消えていった。


「『用事』って、何なのよ……アイツ」


 私は俯き、駅前に敷き詰められた幾何学模様のタイルを見つめる。


「アイツ……私が嫌ってること、知ってるじゃない……」


 おそらく、彼だけを避けて合コンの準備を進めていたことから察したのだろう。参加した男性審査官の中には彼と同じ入界審査官もいる。そんな状況を見て、自分だけ声がかかっていないことを不審に思ったに違いない……。


「だって……アンタが悪いのよ! アンタが私のことを無視したり、無愛想な態度をとるから……!」


 私は独り言を呟きながら夜の街を歩いていった。


     * * *


 数分後、私は駅前のコンビニで簡単な買い物を済ませ、自宅周辺を歩いていた。近道をするため、ある街路にさしかかる。


「ここを毎回通るの、嫌になっちゃうなぁ……」


 そこは俗に言う『ラブホテル街』というヤツである。駅から自宅へ向かう近道の中間に位置しており、早く帰宅したいときには必ず通らなければならない。そこを迂回すると10分近く時間がロスされる。

 現在自宅となっている物件は『駅が近い』と『家賃が安い』という理由で選んだのだが、近所にこうしたホテルが建設されていることをあまり注視しなかった。最初は『普通のホテルだろう』と思っていたのだが、そうした風俗系の場所であると気づいたのは最近のことである。


「うわ……あの子、高校生じゃないの……?」


 こうした場所を通っていると、様々な場面に遭遇する。

 今日は近所の高校の制服を着た女の子が、40代くらいのスーツを着た男性とホテルに入っていくのを目撃した。

 こういうことって、警察に通報した方が良いのだろうか?


 実際、ホテル前にパトカーが停まっていたのを発見したこともある。ホテル内でコカインを清掃中の従業員が見つけたらしい。そのホテルが取引場所として利用されていたのか、その場で使用して性行為に臨んでいたかは不明なままだが……。


 物騒だなぁ……。

 早く引っ越したい……。


 今の物件を不動産屋から紹介されたとき、もっと近隣の事情を詳しく知っておくべきだった。


「早く帰ろ……」


 私は歩く速度を上げ、早めにそのホテル街を抜けようとした。


 そのとき、


「え……?」


 視界に見覚えのある人物が入ってくる。


「……アイツ?」


 先ほど駅前で別れたアイツが、ホテル前にいるのだ。

 そして、その横には美しい女性……。


「あのときの……面接官だ……」


 彼らは身を寄せ合いながら、ホテルの中へと入っていった。


 これって、ヤバイ場面を見ちゃった?


 つまり、あの女性面接官とアイツには、裏で繋がりがあることを示している。

 そうなれば『アイツがコネで裏口入社した』という噂にも納得がいく。


 彼らは一体、どういう関係なの……?

 恋人?

 愛人?

 2人は中で何をやっているの?

 どうしよう、この状況……?


 私の頭の中に色々な妄想が浮かんでパンク状態になった。


 このとき、私はこうした肉体関係について疎く、ずっと心拍数が上がっている状態だった。手で口元を押さえながら、2人が消えていったホテルの玄関を見つめていた。

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