22人目 結婚の報告の審査

がさぁ、やっと結婚を決意したんだよ」

「えっ……?」


 私は白峰先輩に連れられ、いつもの居酒屋へ夕食に来ていた。個室席に入り、2人きりで飲酒する。お互い酔いが回ってきた頃、先輩がそんな話をしてきたのだ。


「アイツ……ってコネ入社君のことですよね?」

「そりゃ、そうに決まってるじゃん……」

「け、結婚を決意って……誰との……?」

「そりゃ、ロゼットに決まってるじゃん」

「えぇ……」


 私は個室からそっと店の玄関の方を覗いた。

 そこに、ロゼットが制服姿でコネ入社君に接客している様子が見える。


「いらっしゃいませ、審査官さん!」

「いつもの席で……」

「かしこまりました!」


 ロゼットの様子は以前と変化なかった。明るくニコニコしている。

 そんな様子から見て、重い病気を患っていたとは考えられない。やはり噂は噂なのだ。仮に病気だったとしても、そこまで重くはなかったのだろう。

 そして現在、コネ入社君に寄り添う彼女の姿が新妻らしい雰囲気を出している。信頼できるパートナーを獲得できて、心が落ち着いているというか……女としての自信に満ち溢れているというか……。とても幸せそうに見える。


 コネ入社君も雰囲気が少し変化した気がする。異世界同士の文化の違いを乗り越えてまで結婚を決意するには相当な覚悟が必要だ。彼の顔は、どんな文化の違いも受け入れる覚悟を背負っている、落ち着いた表情をしていた。

 それだけ、彼もロゼットのことを愛しているのだろう。決して彼女の外見だけでなく、性格も、仕草も、全て愛している……。


 私は彼らから視線を戻し、再び白峰先輩の話を聞いた。


「コネ入社君がロゼットさんと結婚……ですか……」

「だから、そう言ってるじゃん」

「はい……」

「やっぱり、ショックか?」

「まぁ……そうですね……」


 私は前々から彼女たちの仲睦まじさは感じ取っていた。拳から彼女を庇ったり、有給を使ってまで看病したり……コネ入社君はロゼットのことをかなり大切にしている。


『彼女たちはいつ結婚してもおかしくない……』


 そんな空気が流れていたのだ。

 コネ入社君が結婚を決意してしまったことはショックだが、そこまでの驚きは感じない……。


「ついにこのときが来ちゃったんですね……」

「お前……もしかして、ちょっと諦めてた?」

「そりゃまぁ……あんなに仲が良さそうな様子を見せつけられたら諦めモードにもなりますよ」

「そうだよな……」

「……」


 私は手元のグラスに入っているカシスオレンジを口の中へ運んだ。


 今日は何故か、体が酒を欲していた……。

 まぁ、そんなに度が高い酒でもないんだけど。

 でもなぜか、飲むと心が落ち着く……。


「……先輩?」

「何だ?」

「……女の人って……結婚が決まると嬉しいんですか?」

「まぁ、相手にもよるんじゃないか。ロゼットの場合はのことを愛してるし、尊敬してる。だからあんなに嬉しそうなんだよ」

「そうですよね……」

「私にもさ、結婚を決めた相手がいるけどさ……OKの返事が出たときは嬉しかったよ」

「え……先輩も結婚するんですか?」

「あぁ」


 私は先輩の左手を凝視した。その薬指には銀色に光沢を放つ指輪が……。


「これ、彼から貰ったんだ。良いだろぉ~?」

「相手はどんな人なんですか?」

「元勇者の異世界召喚被害者。私の幼馴染だったんだけどさ、つい最近、この世界に戻ってきたんだ」

「もしかして……黒川修哉?」

「そうだよ」

「えぇ!?」


 数ヶ月前、ゲート施設は異世界召喚被害者の帰還で盛り上がっていた。その被害者の名前が『黒川修哉』というらしい。魔王ルーシー・グネルシャララを倒すほどの強さの持ち主で、コネ入社君と似た顔を持つ。当時はマスコミを賑わせていたものだ。


「え……まさか……先輩がコネ入社君と肉体関係を持っていた理由って……」


 私は直感した。

 先輩は異世界召喚された黒川のことが忘れられなくて、彼に似たコネ入社君と関係を持ったのだ、と。


「そうだよ。ほんと、アイツと修哉くんには申し訳ないことをしたよ……」


 先輩はそう呟きながら、日本酒を口へ入れた。


「このことを2人とも知ってるんですか?」

「ああ。アイツらには洗いざらい全部話したよ」

「それで……どんな反応をされたんです?」

「アイツらは優しいよ……。性の快楽に溺れたこんな私を、許してくれたよ」

「そうですか……」


 さらに先輩は酒を口に入れる。どこか遠くを見つめながら。


「でさぁ、話は変わるんだけど……」

「何ですか、先輩?」

「今日ここにお前を誘ったのは、アイツの結婚について伝えるのが目的じゃないんだよ」

「え? 違うんですか?」

「あぁ。実は……お前に面会したがっている人間がいてな」

「私に……面会……ですか?」


 寝耳に水だった。

 私に面会? 一体誰が……?

 わざわざ『面会したい』と言うくらいなのだから、その人物は私の身近にいる人物ではないのだろう。


「誰が私に面会したがっているんです?」

野間田のまだ優介ゆうすけっていう男だ」

「知らない名前ですね……。誰ですか、それは?」

「元邪神教の一人で、不正出界者」

「え?」

「お前の出界審査を欺いて、異世界に出かけた男だよ」

「もしかして……コネ入社君がヘル・ショックを浴びせたっていう……」

「そうだ。布教のために不正入界しようとして、拘束されたヤツだ」


 どうやら、その人物は過去に私の審査をすり抜けて異世界で邪神教に入った男らしい。


「どうして……私に面会なんか……?」

「お前に面会して迷惑かけたことを謝罪したいそうだ」

「謝罪……ですか」

「あぁ。彼はこの世界でちゃんと生きていくことを決心して、ケジメをつけるために迷惑かけた人間へ謝罪して回っているらしい」

「そうですか……」


 異世界への不正出界は、基本的に高額の罰金か数年の懲役、そして永久出界禁止処分が科される。すでにその男の裁判は終了しているらしく、今回は罰金と出界禁止処分が下されたようだ。


「面会が嫌なら断っても良いんだぞ?」

「いえ……別に……嫌ではありませんが……」


 細かいことを言えば、あまり会いたくはなかった。彼は私の審査を欺いた男であり、つまりは元犯罪者ということになるのだから。

 でも、『この世界で真っ当に生きていく』と言うのであれば、私はそれを応援したい。私は彼の意思を受け取り、その面会を許可したのだ。


「そうか。じゃあOKってことで大丈夫か?」

「はい」

「分かった。向こうに連絡しておく。面会には私が立ち会う。詳しい日時が決まったら再度連絡するから待っていてくれ」

「分かりました」

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