21人目 見失った彼の審査
「えぇ……嘘……」
彼と猫を発見してから数日が経過したある日、ゲート施設の全職員は健康診断を受けることになった。
ただ、時期的に、ただの健康診断ではないということは察知できた。検査内容も採血だけで、レントゲン撮影や心拍数測定などはしない。
普通の健康診断でないのは明らかだ。
そして、その数日後に渡された診断結果には、『魔法因子あり 炎魔法』と表記されていた。
「私が……魔法因子を持っているっていうの?」
私はコネ入社君の言葉を思い出す。
『同期さんの手が温かくなっているのは、炎魔法が発動して熱を生み出しているからではないでしょうか?』
彼が言っていたことは、本当だったのだ。
どうして彼はこのことを知っていたのだろうか?
* * *
「おはよう、ネコちゃん」
「ニャーン……」
ある日の早朝、出勤前に私はゲート施設前広場にいる黒猫へ話しかけた。猫は相変わらず植え込みの中に潜み、周囲を警戒している。
「あら、ビスケットを食べてくれたの?」
「ニャーン……」
コネ入社君が置いていたビスケットが消えている。この黒猫が食べてくれたということなのだろう。
「ほら、お腹空いたでしょ?」
「ニャァン……」
私はバッグの中からビスケットを取り出すと、黒猫はその様子をじっと見つめていた。やはり、この猫は私が出すビスケットに興味を持っている。
私はゆっくりとビスケットを猫の目の前に置いた。
「ここに置くわよ?」
「ナーン……」
すると、黒猫はゆっくりと立ち上がり、足を引きずりながらビスケットに近づいてきたのだ。クンクンと匂いを嗅ぎ、少しずつ口に運んでいった。
「どう? 美味しい?」
「ニャン……」
ポリポリと噛み砕かれ、ビスケットは徐々に消えていく。
私は植え込みの前に座り込み、食事をする猫をぼんやりと眺めていた。
「……ふふっ。可愛いね」
「ナーン」
「ネコちゃんがビスケットを食べる様子をアイツにも見せてやりたいな……」
久し振りにコネ入社君と会話するきっかけになった黒猫。この子の怪我の回復する過程を彼と二人で見ていきたい……。
そんな願望が心のどこかにあった。
多分、ラブコメ漫画の見過ぎだと思う。捨て犬を拾い、そこから意中の相手と一緒に面倒を見て急接近する、みたいな……。
「アイツさぁ、何か最近見なくなっちゃったんだよね……」
「ナーン……」
最近、コネ入社君は長期の有給休暇を取ったらしい。彼を審査ゲートや更衣室周辺で見かけることがなくなってしまった。
しかし、ゲート施設を出入りしていると言う目撃証言は度々耳に入ってくる。目撃場所は職場内にある治療施設周辺で、彼はそこに出入りしているようだ。『花束や果物を抱えながら入っていった』という証言もある。噂によると、例のロゼットという異世界人が重い病気を患っており、彼はその看病しているらしい。
コネ入社君は本気で彼女のことを心配しているのだ。彼はいつも傍につき、彼女を見守っている。そんな扱いをされているロゼットが、少しだけ羨ましく思えてしまう……。
「アイツ……いつもダルそうな顔してるけどさぁ……優しいところがたくさんあるんだヤツなんだよ……」
「ナーン」
「もっと早くそれに気づいていればさ、合コンのときにOK出したのにさ……」
合コン終了時の彼の言葉を思い出す。
『後から嫌われるより、最初から嫌われてた方が、今後の関係がうまくいくのかな……って思ったんです』
あのとき、彼は私が嫌っていることを知っていた。
でも、今は私が彼のことを好きになっている。
コネ入社君はそのことを知っているのだろうか……?
白峰先輩がこっそり伝えている可能性はあるが、その線を除外すると彼は私の想いを知らないことになる。
つまり、彼は私が嫌っているままだと思っている可能性も十分にあるわけだ。
「ねぇ……ネコちゃん? 撫でていい?」
「ナーン」
「じゃあ、ちょっとだけ撫でるよ?」
私はゆっくりと手を黒猫へ伸ばした。猫は特に怯える様子もなく鼻を近づけ、私の手の匂いを確かめる。
そして、私は猫の頭上に手を置いた。静電気や雷魔法が発動する様子はない。そのまま首の方へ手を動かして撫でてみる。
「ナーン」
猫の喉の奥からゴロゴロと音が聞こえる。
首輪があることから、元々飼い猫らしい。そういうこともあって、人間には慣れているようだ。コネ入社君が触れようとしたときは怪我をしたばかりで気が立っていたのだろう。
「私もアンタくらいに人懐っこかったらさ、彼に言いたいこと言って、ストレス抱えずに済むのにさ……」
「ナーン」
そのとき、
「あ、ミィちゃんいたよ!」
私の横から子どもの声が聞こえた。振り向くと、小学生くらいの女の子が私たちを指差していた。
「『ミィちゃん』ってこの猫のこと?」
私は彼女に尋ねる。
「そうだよ。ミィちゃん、最近家に帰ってこないから心配してたの」
「あなたがこの子の飼い主さん?」
「うん。首輪に『ミィちゃん』って名前が書いてあると思うよ」
私は黒猫の首輪を見た。確かに子どもっぽい字で『ミィちゃん』と記されている。
「お姉さんがミィちゃんを見つけたの?」
「ええ……そうよ。足を怪我してたみたいだから……」
「大変! 早く治療しなきゃ……」
少女は黒猫に走り寄って足の状態を確認する。猫も少女に怯える様子もなく、彼女へ足を見せていた。
「じゃあ、お姉さん。ミィちゃんを連れて帰るね」
「そっか……ちゃんと面倒見てあげてね?」
「うん!」
私はミィちゃんを見た。
「ネコちゃん、飼い主が見つかって良かったね」
「ミャー」
「元気でね。アイツにも、伝えておくから」
私は最後にミィちゃんの喉を撫でた。
「じゃあね……」
「ナーン」
「お姉さん、お世話してくれてありがとう」
ミィちゃんは少女に抱きかかえられながら、自分の家へと戻っていった。
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