23人目 秘めた想いの審査
私はコネ入社君と恋愛関係に発展することを諦めた。彼には婚約相手がいるし、私のことなど眼中にないだろう。
でも、私の心に中には後悔のようなモヤモヤが残り続けていた。
想いを伝えないまま諦めるということに、心のどこかで私は納得していなかったのだろう。
仕事中やプライベートなときでも、ふと彼のことが脳裏に浮かぶ。
ロゼットよりも先に彼へ告白していたらどうなっていたのだろう……。
彼とは一度チャンスがあっただけに、後悔する気持ちが大きかった。
せめて、彼が私に酷いことでも言ってくれれば、諦めがつくのに……。
彼の良い所も最近になって分かってきた。
例えば……彼は陰口をあまり言わない。彼からは一度、『闇が深そう』と言われたことがあるが、それは私から尋ねたことだ。彼が陰口を叩かないところも、私にとっては好印象だったのかもしれない。まぁ、普段無口なだけかもしれないが……。
女友達によると、このような『ちょっとした気付き』の連続で人を好きになってしまうということは珍しくないらしい。
それに……私には彼へ報告できてないことがたくさんあったのだ。
私が見逃してしまった不正出界者の確保のこと。
黒猫の飼い主が見つかったこと。
結婚のお祝い。
そして……私が彼のことを好きだったこと。
これを言えば、彼との関係が滅茶苦茶になる可能性はあった。
でも、これを伝えないと過去の自分が許してくれないような気がした。
私の心の整理がつかなかったのだ……。
* * *
ある日の夕方、私は勤務時間終了後の彼を待った。
私はゲート施設玄関を通過しようとする彼の姿を捉え、話しかける決意をする。
「……こ、コネ入社君、久し振りね」
「え……?」
彼はいつものダルそうな表情で私に振り向く。
「あぁ、同期さんですか。お久し振りですね」
「う、うん……」
いつものダルそうな声。
「どうしました?」
「その……ちょっと、あなたに色々話したいことがあるのだけれど……」
「何です?」
「ほら、施設前の植え込みに、足を怪我した黒猫がいたじゃない?」
「あぁ、いましたね」
「あの猫、無事に飼い主のところへ戻ったから、その報告に……」
「そうでしたか……」
「うん……」
「意外と、同期さんも優しいところがありますよね」
「なっ……」
突然の褒め言葉に、私の顔が熱くなる。
こういうところが、本当に油断できない。
彼は稀に、そのダルそうな表情に似合わない言動をする。
ロゼットを庇ったときもそうだった。隣で黙って見ている雰囲気だったのに、突然彼女の前に出て拳をガードする……。
そんなギャップが、彼に惹かれた理由の一つでもあった。
「……その、一応、それだけ報告したくて……」
「……さっき、同期さんは『色々話したいこと』と言ってましたけど……それだけなんですか?」
「そ、そうよ」
「そうですか……じゃあ、僕はこれで帰ります」
私はこれ以上会話するのは無理だと判断した。
顔も熱いし、何よりコネ入社君の反応が読めない。態勢を立て直して、もう一度挑もう……。
そんな考えが頭を過ぎった。
でも……。
自分は本当にこれでいいのだろうか……?
言わなきゃいけないことをどんどん先延ばしにしている自分が許せない。
これじゃ、いつまで経っても同じことの繰り返しだ。
彼は恋人を見つけ、結婚も決めて、どんどん先に進んでいるのに……。
どこの誰とも知らないような女に彼を取られて悔しい……。
彼を目の前にすると、そんな感情が私の中で蘇る。
「ああぁっ、やっぱり待って!」
気づけば、私は彼の袖を引っ張っていた。
「何ですか? もう用はないんでしょう?」
「……その、コネ入社君……近々、その、アレするんでしょう?」
「は?」
「その……結婚……」
「はい。しますけど……?」
「相手は、あの居酒屋で働いてた女の子?」
「そうですけど……?」
彼はキョトンとしながら私を見つめる。
「もしかして、同期さんにも結婚を報告した方がよかったですか?」
「……そういうことじゃないの……」
結婚おめでとう。
私もアンタのことが好きだったけど、これからは彼女のことを大切にしてあげなさいよ?
ほんの数十文字の言葉……。
その言葉が……素直に口から出てこない。
今まで彼へ高圧的な態度をとっていたから、今更そんな言葉を出すのが恥ずかしかったのだ。
「じゃあ、何なんです? 用件を早く述べてください」
「その……えっと……」
「もしかして、自分よりも先に結婚されて悔しいとか?」
図星だった。
この言葉が彼から発せられた瞬間、すでに精神が極限状態だった私は、心の奥から湧き上がった焦りと怒りと悔しさに支配された。
バチーン!
ほぼ無意識的に、私は彼の頬へ平手打ちを放っていた。
自分の腕に、渾身の炎魔法を込めて……。
「え……?」
コネ入社君は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、その場に尻餅をつく。
彼がこんなにも驚いた顔をするなんて珍しい。
一方、私の体はわなわなと震えていた。
「本当は、私……昔から……」
「はい」
「アンタのことが好きだったのよ!」
「えぇ……」
私はそう叫ぶと、恥ずかしさのあまり施設の外へ全力でダッシュした。
感情が高ぶり、涙が溢れてくる。
私は施設の玄関を抜ける直前、彼の様子が気になって一度だけ振り向く。
彼は先ほどと変わらず、狼狽が浮かんだ表情で私を見つめていた。
多分彼の目には、涙でぐしゃぐしゃになった私の顔が映っているのだろう。
私は再び前を向き、全力で走り出した。
* * *
今から冷静になって考えると、とんでもないことをしたと思う。
でも、不思議と心はスッキリしていた。
自分の気持ちはハッキリ伝えられたし、悔しさを平手打ちでぶつけられたからだと思う。彼の言葉で、彼への諦めもついた。
もしかしたら、彼はわざと酷いことを私へ言ったのかもしれない。私に心の整理をつかせるために、敢えてあのような言葉を放った……。
まぁ、それは考えすぎかもしれないけど。
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