24人目 不正出界者の審査

 彼に告白した直後のことである。


 私は施設近くの商店街をトボトボ歩いていた。

 日が傾き、街が赤く染まり始めている。


「はぁ~……やっちゃったな……」


 先ほどの平手打ちが何度も何度も頭の中でフラッシュバックする。

 さすがに、アレは不味かったよね……。

 部門が違うとはいえ、相手は同じ職場で働く同僚なのに……。

 今度、うっかり顔を合わせちゃったらどうしたらいいんだろう……?


「はぁ……」


 深いため息が出る。


 そのとき、


 ピリリリリ……!


 ポケットにしまっている携帯電話から着信音が発せられた。


「え……先輩?」


 画面に表示されているのは『白峰京子』という文字だった。私は『何だろう?』と思いながら、通話ボタンを押す。


「もしもし」

《あ、お前、今どこにいる?》

「施設近くの商店街ですが……」

《この前、不正出界者との面談の日時をお前に言ったっけ?》

「いえ……聞いてないです……。先輩は『日程が決まり次第連絡する』と言ってましたけど……?」

《あぁ、ヤバイ! 言ってなかった!》


 どうも先輩の様子がおかしい。何か慌てている。


「何があったんです?」

《今、面談の準備が始まってるぞ!》

「え!?」

《すまん! 私、てっきりお前に面談の時刻を連絡したと思って……!》


 不正出界者・野間田優介との謝罪面会が、私の知らぬ間にこの日へ設定されていたらしい。


「ちょ、その面談ってどこで行われるんです!?」

《ゲート施設にある居酒屋の個室を借りて行われることになった! もう相手は入店して、お前を待っている状態になってる!》

「わ、分かりました! 私、今は施設近くの商店街にいるので、20分ほど待ってくれればそちらに着けます!」

《す、すまん! 相手には『事情があって遅れる』と伝えておく! 店には私の名前で予約してあるから店員に尋ねてくれ! 本当にすまん!》


 先輩はそう言って通話を切った。

 私は踵を返し、ゲート施設へ向かって走り始めた。


     * * *


「すいません! 遅くなりました!」


 私は居酒屋に飛び込むように入店した。


「あ……い、いらっしゃいませ!」


 制服姿のロゼットが出迎えてくれる。

 なぜか、彼女の表情は少し引きつっているが……。


「あ、あの……今、『白峰』という名前で予約が入ってると思うんですけど……!」

「はい。すでに白峰さんは入店されてますよ?」

「そ、その席に案内して!」

「か、かしこまりました」


 ロゼットは私を先輩たちが待っている個室へと案内する。


「お、遅れました!」


 私は急いで扉を開ける。そこには先輩と向かい合うように若い男が着席していた。おそらくその青年が、野間田優介なのだろう。彼は私へ軽く頭を下げた。


「お、思ってたより早かったじゃないか……」


 先輩たちも私を見るなり顔が引きつる。

 私の顔に何かついているのだろうか?


「あ、あのさぁ……水無瀬?」

「何ですか、先輩?」

「お前……泣くほど嫌だったのなら、面会を断っても良かったんだぞ?」


 先輩にそう言われて、私はハッとした。


 そうだ……!

 さっきまで私は泣いていたのだ。


 私はバッグから手鏡を取り出して、自分の顔をチェックする。


「げっ……!」


 自分の顔には涙の跡がくっきりと残り、目は赤く腫れていた。

 うわ……やばい。何だ、この顔……!

 完全に人と接する顔ではなかった。ロゼットも顔が引きつるわけだ……。


「あの……いえ……違うんです! これは……!」

「やっぱり面会が嫌なら……このまま帰っても良いんだけど……」

「ほ、ほんとに違うんです! そういうことじゃないんです! これはコネ入社君と……じゃなくて……!」


 振られて平手打ちして泣いた……なんて言える訳がなく、私は言葉を詰まらせる。

 適当な言い訳を作り、先輩たちへ説明するのに数分を要した。


     * * *


「……今回の件は、本当に申し訳ありませんでした……」


 私の目の前に座る男が謝罪する。


「あのとき、僕には就職先がなくて……社会の中で生きていくのに絶望していたんです……」

「それで不正出界を?」


 先輩が尋ねる。


「はい。審査を完全に誤魔化すために、異世界旅行に必要なものは全て揃えました。異世界旅行客が増加する時期、審査が忙しい瞬間を狙って出界したんです……。新人の審査官も本格的に仕事を始める時期だったので、そうした仕事のミスを誘ったんです……」

「随分と計画的だったんだな」

「そうですね……。今思えば、こうしたところをもっと仕事探しに活かすべきでした……」

「で、向こうでの生活はどうだったんだよ?」

「向こうでギルドに仕事登録をしたところまでは良かったのですが、やはり戦闘経験がないと他の人間とパーティーを組んでもらえなくて……一人で仕事をしたんです」

「それ、危険じゃないか?」

「はい……あっという間に魔物に囲まれて瀕死になりましたよ。ゲート施設が注意喚起を促しているとおり、魔物は非常に狡猾で攻撃的な生物でした。結局、この世界の文化や文明の利器に浸っていた僕は、異世界の危険性について何も分かっていなかったんです……」


 私は野間田の手の甲に視線を向ける。そこに数本の棒状の傷があるのが見えた。

 おそらく、魔物の鋭い爪で引っかかれた傷だろう。その傷は魔物の恐ろしさを体現していた……。


「で、魔物に囲まれてからどうやって助かったんだ?」

「邪神と、教徒に助けてもらったんです」

「邪神が?」

「邪神はけっこう仲間想いな人で、僕を助けた後に怪我の治療までしてくれました。きっとこれまで村人とかに恐れられていて寂しかったんでしょうね」

「ふぅん……が言ってたことも、案外間違いじゃなかったんだな……」

「『アイツ』……?」

「いや、こっちの話だ。気にするな」


 先輩はクスリと笑う。何かを思い出し笑いをしているようだった。


「続きを話してくれ」

「はい。その後、僕は邪神教徒となってこの世界での布教活動を命じられました。そこで入界審査官によって電撃を浴びせられ、僕は逮捕されました」

「そうか……」

「拘置施設での面会で、両親が僕を見て泣いてましてね……。そのときに僕は自分のしたことの重さが分かったんですよ……」


 野間田はそう言うと私を見つめた。真っ直ぐで澄んだ瞳をしている。


「これから僕はこの世界で仕事を探して……真っ当に生きていこうと思います」

「うん……」

「今日はそのケジメとして、あなたに謝罪の面会を申し入れました。僕の面会を受け入れてくれて……ありがとうございます……」

「それじゃ……この世界で頑張ってね。あんまり親を心配させちゃダメよ」

「はい……それでは失礼します」

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