25人目 転職先探しの審査

 野間田と面会してから数日後のことである。


《つまり、私たちが言いたいのは、『近いうちに門が消失する可能性が高まった』ということです》


 ゲート施設はある会見を行った。

 その内容は『世界と世界を繋ぐ門が消失する』というものだ。


「え……嘘?」


 施設関係者は全員急遽職場に呼び出され、その会見の一部始終を見た。私も職員用のラウンジに設置された大型モニターからその様子を視聴した。他の審査官も呆然としていたのを覚えている。


「コネ入社君……?」


 特に気になったのが、当時のコネ入社君の様子だった。いつもと変わらずダルそうな彼だが、どこか今は愕然としているように見える……。

 確か……今日は彼の結婚式だったはず……。


 つまり、門が消えるということは、私たち審査官が失職するということだ。この会見で述べられていることが真実ならば、近いうちに私たちの収入はパッタリと消える。コネ入社君は結婚したばかりで、これからお金も必要となるというのに……。


 そんな様子を見て、私が思ったことは2つある。


 まず『私を振った罰が当たって良かった』ということだ。


『もしかして、自分よりも先に結婚されて悔しいとか?』


 この言葉には腹が立った。本当はもう一発平手打ちを食らわせても良かったような気がする……。


 そしてもう1つは『私を振った罰としては酷すぎる』ということだ。私が振られたのは、私が彼へアタックしなかったのが理由である。別に彼は浮気や悪いことをしたわけではない。

 例の言葉に対しては平手打ちという制裁がすでに下っている。それに加え、失職と収入ゼロは流石に辛すぎるでしょ……。


 コネ入社君は結婚式で良いムードだったところを、無理矢理呼び出され、さらに失職宣言された……。このショックは計り知れない。


 彼はいつの間にか席から立ち上がり、ラウンジのガラスから門を見下ろしていた。

 その背中はちょっと寂しそうに感じる。

 そして、彼の目はいつも以上に死んでいた……。


     * * *


 それから私は出界する人間の審査で忙しくなった。多くの人が異世界に出かけていく。そうした出界者のほとんどはこの世界に住んでいた入界者たちだ。


「では、出界する理由をお聞かせください」

「はい。今回の『門が消失する』という会見を見て……やはり、向こうの世界に戻りたいと思ったんです」

「と、言うと?」

「向こうの世界には家族や友人も残ってますし、故郷の風景が見られなくなるのは寂しいと思ったんです。確かに、こっちの世界にも友人がいますし、便利な生活機器もあります。でも、両親や故郷を捨ててまでこちらで暮らしたいとは思えなかったんですよ……」


 私の審査ゲートを訪れた人間は皆こんなことを述べた。


「向こうの世界は魔物や魔族がいて生活は苦しいですけど……それでも向こうの世界が好きなんです」

「そうですか……」


 もし私も異世界人だったら、同じことを言っていたと思う。

 この世界の人間も異世界人も、根本的な人間関係や故郷への考え方は一緒なのだ。


     * * *


 そうした忙しい時期に、私たちゲート施設職員は転職も迫られていた。施設職員の多くは休憩時間にネットで求人情報サイトを眺めている。施設内にも『転職支援コーナー』が設けられ、そこを訪れる同僚も見た。


 仕事が忙しい時期……職場探し……かつて就職活動中だった自分を思い出す。

 約2年前、あの頃は卒業研究の論文をまとめながら、内定先を探していた。私の場合は簡単に内定を貰えたので大学4年生終盤は研究に没頭できたが……。


 ただ、今回の転職先探しで問題となることが一つあった。

 それは、約2年前の就職活動で、希望した職場をほとんど受けていたということだ。そのほとんどで内定を貰っていたが、私はそれを蹴って今の職場に就いている。かつての希望先に再度訪ねるのは、相手にとって印象が悪いのではないだろうか。当時の面接では『御社が第1希望です』なんて嘘をつきまくっていた。勿論、相手もそれは嘘であるとは分かっていたとは思うが、また面接をすると思うと気まずい。2年という月日では、担当者が変更されている可能性も低いだろう。私を選考した記憶も残っているのではないか?


「はぁー……どうしよ……」


 自分が知っている有名企業のほとんどは受けていた。

 ほんと、どうして『我が社は第1希望ですか?』なんていう質問をするんだろう?

 まぁ、という頭の回転の良さとかを見てるんだろうけどさ……。


     * * *


 勤務時間終了後、私は更衣室で携帯端末を見ていた。求人情報サイトにアクセスし、自分の行きたい職場がないか閲覧していたのだ。しかし、先述の理由で『これだ』というような企業が見つからない。


「全然、決まらないわ……」


 私は時計を見た。時刻は午後11時になろうとしている。


「また明日考えるか……」


 そう考えた私は、バッグを持って更衣室を出た。こんな深夜の時間帯では施設職員も施設利用者もほとんどいない。一人寂しく施設の玄関ホールへと向かっていく。


 そのとき、


「あ、水無瀬さん。こんばんは」


 声をかけられて振り返ると、魔法使い姿の女性が立っていた。

 ロゼットである。


「あぁ……こんばんは」

「水無瀬さんは仕事終わりですか?」

「まぁ……そうなるかな?」

「偶然ですね。私も仕事終わりなんです」


 ロゼットは居酒屋で接客をしているときと同様に、ニコニコしながら私に話しかける。

 彼女は好きだった人の結婚相手ということもあり、どこか話すことに気まずさを感じる。

 ロゼットはそんなこと知らないんだろうけど。


 私たちは施設の外に向かいながら話し始めた。


「仕事終わりと言っても、私はあんまり接客はしてないですけどね」

「え?」

「『門が消える』という会見があってから、ウチの居酒屋にお客さんが来なくなっちゃったんです……」

「あぁ……あそこのお客さんはほとんどが出界者だったもんね」


 どうやら、あの会見の影響はかなり広範囲に及んでいるようだ。異世界にある商会などにも大きな悪影響が出ているらしい。政府が行った調査では、この世界と向こうの世界を合わせると、失業者は膨大な数になるだろうという結果が出された。


「そう言えばさ、ロゼットさんの旦那は元気なの?」

「それが……最近、審査官さ……じゃなくて、セイタローさんは元気がなくって……」

「新婚早々大変だね……」

「元気がないといっても、セックスレスではないので大丈夫ですよ!」

「へ、へぇ……そうなんだ……」


 この子、唐突に下ネタを入れてきたな!


「この世界の人間は、『多くの人がセックスレスで離婚する』って聞きました! だから、離婚しないようにほぼ毎日ます!」

「それ……向こうの世界の変な情報誌で勉強してない? ま、まぁ……当たらずとも遠からずなんだけど……」


 数ヶ月前まで、この世界の性事情を書いた本が向こうの世界に出回っていたらしい。最近、その話題は消えてきたが……。

 きっと、ロゼットもその本を読んだのだろう……。


「やっぱり、元気がないのはの影響?」

「はい……家に帰ってきても上の空というか、次の仕事が決まってないことを心配してるみたいで……」

「それで……ロゼットさんは向こうの世界に帰還する予定とかはあるの?」

「ないですよ。向こうの世界には私を支えてくれそうな人もいませんし……それに今はセイタローさんの傍にいてあげたいんです……」

「そうなんだ……」


 新婚早々大変だなぁ……。

 コネ入社君はいつもダルそうにしているが、彼なりにちゃんと将来のことは心配しているのだ。

 そんな会話をしているうちに、私たちは施設を出て広場に差し掛かった。


「じゃあ、私の家はこっちなので、失礼します。水無瀬さん」

「うん……清太郎くんによろしくね……」

「はい!」


 ロゼットは手を振り、私の前から消えていった。


「さて、私も転職先を見つけないとなぁ……」


 植え込みの横を通ろうとした、そのとき、


「ナーン」


 私の足元から、猫の鳴き声がした。


「あ、ネコちゃん?」

「ナーン」

「久し振り、元気だった?」

「ナーン」


 先日、私が世話した黒猫の『ミィちゃん』がいたのだ。どうやら完全に怪我は回復しているらしく、私の足に寄って来ては体を擦りつけている。


「もしかして、またビスケットが欲しいの?」

「ナーン」


 ミィちゃんは首を上げて、前足を揃えた。暗闇で開いた瞳孔で私の顔を覗き込む。

 うわぁ……可愛い。

 猫派の私はこうしたおねだりに弱いのだ。


「ネコちゃんはおねだりが巧いねぇ……」

「ナーン」


 私はしゃがみ込むと、バッグから常備しているビスケットを取り出した。袋を開け、数枚掴んでミィちゃんの前に置く。


「これはね、人間の食べ物なんだから猫はあんまり食べちゃダメよ?」

「ナーン」


 ミィちゃんはビスケットの匂いをくんくんと嗅ぎ、ポリポリと噛み砕いて食べ始める。

 そのビスケットの袋をバッグにしまおうとしたとき、私の視界にふとが留まった。


「あれ、この会社……」


 それは、袋の端に表記されているビスケットの製造会社のロゴマークだ。


「この会社って……確か……」


 そのビスケットの製造会社の本社ビル……。就職活動中、集団面接で彼と一緒になったのを今でも鮮明に覚えている。当時、彼は面接官に怒鳴られて帰宅したが……。


「そういえば、あんなこともあったよねぇ……。懐かしいなぁ……」

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