17人目 邪神教徒団の審査
「ふぅん、それは大変だったわね」
意見交換会から帰宅するとゴシックロリータ姿の少女、魔王プリーディオがいた。ロゼットとともに僕の帰宅を待っていたようだ。亡命者用の住居からの外出許可を得て、関係者にここへ送ってもらったらしい。部屋のすぐ外には黒塗りの高級車が停車していた。
「私のせいで色々尋問されているみたいね。ごめんなさい」
「別にあなたが悪いわけじゃないでしょう」
「今日もあなたに迷惑をかけてしまったことの謝罪で来たの……」
なんだか、静かな空気になってしまった。
何か別の話題はないものか。
「ところで、向こうの世界には『邪神教』なるものがあると聞いたのですが」
「知ってるわ。名前だけね。魔族とは別の新興勢力よ。それがどうしたの?」
「彼らがこっちからの出界者を狙っているようです。今後、僕の仕事に影響がなければ良いな、と思いまして……」
「嫌な予感は的中するものよ」
そのとき、ロゼットが部屋に料理と酒を持ってきた。料理は料亭で女将さんがタッパーに詰めてくれたものだ。部屋に料理の匂いが漂い、食欲がそそられる。
「みなさーん、料理が温まりましたよ~」
「プリーディオさんも食べていきます?」
「せっかくだし、いただくわ」
ロゼットがグラスにビールを注いでいく。僕と自分の分を注いだところで、ロゼットは手を止めた。
「あ、プリーディオちゃんは子供だから、お酒はダメよね……」
「『ちゃん』づけは止めてくれない? 子ども扱いもしないでって言ってるじゃない! 私はこれでも二十歳過ぎてるのよ!」
小学生のような体で二十歳を過ぎているとは、驚愕の真実である。
「え……でも、デーモン族的にはまだ子供じゃ……」
「いいから!」
プリーディオはロゼットからビール瓶を奪い取り、グラスに注いで飲み干した。その細い喉をゴクゴクと音を立てながらビールが流れていく。
プリーディオはデーモンとはいえ子供だ。本当に大丈夫だろうか。
「……うっぷ」
「……プリーディオちゃん? 大丈夫?」
「うっさいわね! この胸見せトイレ野宿ビッチ! くさいからこっちに寄るんじゃねぇ! 『ちゃん』づけも止めろって言ってるだろうが! この糞ババア!」
「なっ!」
プリーディオの態度が豹変した。白かった顔が赤く染まり、呂律が回っていない。デーモン族は酔うとこうなるのだろうか。
その日、酔ったプリーディオによるロゼットへの罵倒が深夜まで続いた。最終的にロゼットは耐え切れずベッドの中へ潜って体を丸め、プリーディオは床へ倒れ込んだ。僕はプリーディオに布団をかけ、ロゼットには慰めるような言葉をかける。
こうして僕はようやく就寝したのだ。本当に手のかかる人たちだ。
* * *
翌朝、僕はまだ眠っているロゼットたちを起こさないようにこっそりと出勤した。
制服に着替え、担当する2番カウンターで入界者が来るのを待つ。
ふと、門の方を覗くと、黒いローブを着た集団が2番カウンターに向かってくるのが見えた。全員髪形を揃え、宣教師のような外見をしている。ただ、普通の宣教師と違うのは、髑髏の装飾が入った首飾りをしていることだ。
(こいつら、絶対、邪神教だろ……)
僕はプリーディオが言っていた「嫌な予感は的中するものよ」という言葉を思い出した。それにしても展開が早すぎないか?
別の審査ゲートに向かってくれと願うが、例の如く、彼らは僕が座る2番ゲートにぞろぞろと入ってきた。しかもそこにいる教徒全員が、だ。そのせいで2番ゲートは教徒たちで溢れかえる。
「……おはようございます」
「ウィーッ!」
「……は?」
教徒の代表者らしき人物は両手を高く上げ、意味不明な挨拶で僕に返事をした。
こんな人物は初めてだ。
もしかしたら、こいつらはこれまでで一番の強敵かもしれない……。
「あの……パスポートを出してください」
「ウィーッ!」
せめて数人でグループ分けして別々のゲートに行ってくれれば良いものを、どうして全員で僕のところへ来るのか……。カウンターは彼らのパスポートで埋め尽くされてしまった。その数、20冊以上はあるだろう。
「あの……これ、全部見ると時間がかかるので、空いている審査ゲートに行くことをオススメしますが……」
「ウィィーン!」
目の前の彼が何を言ったのかは不明だが、他のゲートに行く気はないらしい。
どうしてだ?
パスポートによると、彼ら全員異世界出身の人間らしい。職業は「宣教師」と書かれている。
滞在計画書によると、彼らがここに来た目的は「布教活動」らしい。彼らが持っていた鞄をX線検査機にかけたところ、チラシが大量に見つかった。
「この『布教活動』とは、一体どんなことをするのですか?」
「ウィィーッ! ウイーッ!」
「……」
全く会話が成立しない。
彼らは僕を馬鹿にしているのだろうか?
「すいません。念のためにもう少しパスポートを調べさせてもらっていいですか?」
「え、あの……ちょっ……こっちは急いでるんですけど……」
「……急に標準語になりましたね」
「う、ウィィーッ……」
「……調べます」
「ウ、ウィッ?」
教徒たちはざわざわし始めた。
僕は彼らを無視してパスポートをスキャナーにかける。
すると、どうだろう。
まず、パスポートの材質が正式なものと少し違うことが判明した。このパスポートが偽造されたことを示している。
さらに、パスポートに使用されている写真でデータベースに検索をかけたところ、過去に使用された写真と合致する者が見つかった。それは、過去にこの世界から出界し、そのまま行方不明になった者たちだ。
つまり、この宣教師たちは、元々この世界の住人だったらしい。過去に「チート能力」と「ハーレム」目的で不正出界し、うまくいかずに邪神教に洗脳された若者だろう。
「このパスポートは偽造されたものですね?」
「そ、そそそそんなことするはずないじゃないですか! いやだなぁ、審査官さん」
「それと、過去にこの世界から出界したこともあるでしょう?」
「わ、わたくしたちは向こうの世界の住人ですよ!」
「どうせ、チート能力とハーレムを目指して出界したんでしょうが、見事に邪神教に嵌りましたね?」
「ち、違います……」
「過去に嘘の申告で出界した容疑と、パスポート偽造で拘束します。よろしいですね?」
「ちっ! 仕方ない! お前ら、この審査官をここから引きずり出して強行突破するぞ!」
「ウィィィーッ!!」
教徒たちは審査カウンターのガラスを殴る蹴るなどして攻撃し始めた。
ゲートを抜けるには審査官の手元にあるボタンで扉のロックを解除する必要がある。入界するには審査官の許可は必須なのだ。
《審査室への破壊行動を検知しました。ヘル・ショックが発動します。審査官は直ちにガラスから離れてください》
手元のスピーカーからアナウンスが流れる。僕はキャスターつきの椅子に座ったまま後退した。
教徒たちはガラスを攻撃し続けたが、ひびすら入らない。特注の強化ガラスだから当然だ。
僕はそんな彼らの様子を、優雅に缶コーヒーを楽しみながら眺めていた。香りのいいコーヒーだ。コーヒーのカフェインが僕の眠気をスッキリさせてくれるだろう。
ガラスの向こうで暴れる教徒たち。まるで動物園の檻のようだった。
そして……
《ヘル・ショック発動》
「ういぃぃぃいぃいぃぃ!」
教徒たちは次々と感電し、殺虫剤を食らった蚊のように床へバタバタと倒れていく。
僕はコーヒーを飲み終え、警備隊に通報した。
* * *
数分後、教徒たちは全員逮捕となった。
彼らは警備隊の取調室で向こうでの出来事を話したらしい。「ウィーッ」という意味不明な言語ではなく、標準語で。
どうやら、この世界でも教徒を増やすために活動することを邪神から命令されたようだ。過去に使ったパスポートを再度使用すると不正出界したことがバレるので、新たにパスポートを偽造したと述べている。
今後は、邪神の動向にも注意しなければならないだろう。
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