5人目 審査官研修の審査

「どういうことよ!」


 ズガガガガ!


 内定式から帰宅後、私はリビングでオンラインゲームをしていた。

 あのダルそうな男も内定を貰っていたことに納得がいかず、憂さ晴らしにFPSで敵プレイヤーを小銃で撃ちまくる。

 これが私のストレス発散方法だった。


「私はあんなに努力して内定貰ったのに、アイツはあんなんで合格してるって不公平じゃないの!?」


 ズガガガガガ!


《ぐあああーっ!》


 私の撃ち抜いた敵兵が叫びながら倒れる。


「雑魚は引っ込んでればいいのよ!」


     * * *


 数日後、審査官の卵たちは富士山周辺にある研修施設へ泊まることになった。審査官としての仕事内容や心構えをそこで学ぶのが目的だ。


 新人審査官はゲート施設前でバスに乗り込み、その研修施設まで移動する。

 私は乗車すると、指定された座席へと向かった。すでに隣の席には別の新人が座っている。


「うわ……」

「……」


 その隣の席の人物を見て、つい変な声を上げてしまう。

 私の隣に座っていたのはだったのだ。


 よりによって、こいつの隣なんて……。


 そんな感じで、新人研修はスタートした。


     * * *


 移動中……。


「それであなたはどこの出身なの?」

「横浜だよ。で、君はどこ?」

「ワタシ、青森なのぉ」

「へぇ~。遠いところから来たね!」


 ……こんな感じで、他の新人は隣の席の人間と趣味や出身地の話で盛り上がっている。


 しかし、


「……」

「……」


 他の新人とは対照的に、隣のアイツは全く私と話さない。

 私も移動中の退屈を雑談などで紛らわしたい。しかし、彼は車窓からの景色を見ており、私には全く興味がないようだ。

 彼の無愛想な態度から来る怒りを抑え、勇気を出して話しかけてみたが……、


「……あのさ?」

「……何です?」

「あなたの名前は何だっけ……?」

「影沼……清太郎です」

「私、水無瀬美帆っていうの。よろしくね」

「……」

「ねぇ、アンタの出身地は?」

「……静岡です」

「へぇ……じゃあ、お茶とかサッカーとかに親しみがあるの?」

「……ないです」

「ふ、ふぅん……じゃあ、アンタの趣味は?」

「……」


 彼は首をかしげたまま、質問に答えることはなかった。


 ねぇ、もっと会話を盛り上げようよ……。

 ねぇ、もっと他人に興味を持ってよ……。

 絶対、アンタは同僚と仲良くする気がないでしょ……。


 こうして、移動中は無駄な時間を過ごした気分になった。


     * * *


 そして研修は始まった。

 審査ゲートのようなセットに座り、本格的な練習を行う。


「それでは、次はVIPを審査する状況を想定してみましょう」


 異世界を出入りするのは一般庶民だけではない。外交や事業展開の視察のために、大臣・大企業のCEOクラスの重要人物が門を通過することも考えられる。こうした状況に備えて、失礼のないように振舞う術も身につけなければならない。


「よし、合格!」


 私と他の新人は多少のミスはしたが、どうにか合格判定を貰っていく。


「じゃあ、最後は君の番だね」


 そして最後、アイツが練習する番になった。アイツはセットの中の椅子に腰かけ、シミュレーションがスタートする。

 私たちはセットの横で、その様子を見つめていた。


「それでは、練習開始」

「……」

「ほら、笑顔で対応しなさい」

「……」

「それ、歯を見せてるだけだね」

「……」

「もっと口角上げて」

「……」

「君、やる気あるの?」


 講師の表情がどんどん悪くなっていく。私たちにレクチャーするときはニコニコしていて優しい印象があったのに……。


 険悪な雰囲気にしないでよ……。

 こっちはなるべく、良い雰囲気で過ごしたいんだから……。


 そんな状況が数十分間続いた。次のレクチャーへの時間も押している。

 結局、彼はそのセットに居残りさせられ、私たちは別のレクチャーに移ったのだ。


     * * *


「はぁ……疲れたぁ……飲み物買いに行こ」


 その日の研修が終わり、就寝時間が近づく頃、私は自販機で飲料を買うためにロビーへ向かった。

 そのとき、


「どうしてだ! どうしてなんだ!」


 ロビーから怒号が聞こえてきた。その声は宿泊棟の廊下まで響き、他の新人も「何があったんだ?」と自室から顔を出してロビーの方向を見つめる。


 私はロビーをそっと覗いた。


「どうして君は笑顔にならないんだ!」

「……」

「うっ……うっ……」

「……」


 そこには泣き崩れる講師と、無表情で歯を見せているアイツの姿があった。

 一体、何があった……?


「……」


 私は飲料を買うのを諦めた。足音を立てないように、こっそりと自室へ戻る。

 さすがにあんな状況に介入してまで飲料を買いたくない。


     * * *


 どうして彼は内定を貰ったのか?

 他の新人の間でも疑問になっていた。


『あの美人な面接官がコネで入社させたらしい』


 そんな噂が私の耳に入ったのは、研修が終わって数日後のことだった。

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