59人目 拭えぬ不安の審査
結局、家族会議で結論が出ることはなかった。
どうやら僕は完全なる社会不適合者らしい。父さえも「自社で雇いたくない」と認めるレベルだ。
ここまで社会の中で生きてこれたのが不思議なくらいである。
我ながら、よく就職して結婚までできたものだな……。
* * *
その日の深夜、僕とロゼットはアパートに戻って身を重ねていた。
……彼女と身を重ねるのが毎日の習慣になってしまった気がする。
将来の不安を忘れたくてこうしているのだが、どうしても現在の状況が頭の片隅を過ぎる。
「はぁ……どうなっちゃうんだろ? 僕の将来は……」
「元気出してください、審査官さん」
「そうは言ってもなぁ……」
僕はロゼットの顔を見た。彼女は困り顔をしている。僕の不安が伝播しているのだろう。
……そう言えば、僕が異世界に移住することに関してロゼットはどう思っているのだろう?
彼女に相談しようと思ったところに妊娠の話が出てきて、それどころではなくなっていたのだ。
「……どうしました? 審査官さん?」
「ロゼットは、僕が『向こうの世界で生活しよう』って言ったらどうする?」
「それは……嬉しいです。ちょっとだけ」
ロゼットは僕の首後ろへ両手を回し、僕を抱き寄せた。肌同士が密着し、心臓の鼓動が伝わってくる。
「もう一度、私の慣れ親しんだ世界に戻れるんですよ? それも、大好きな審査官さんと一緒に、です」
「まぁ……ロゼットにとって、向こうの世界は恋しいよね」
この前も、彼女は「向こうの世界が恋しい」と言っていた。やはり、自分が育ってきた世界にいられるのは嬉しいものだろう。
「それに、向こうの世界にはプリーディオちゃんもルーシーさんも暮らしてるじゃないですか」
「あぁ、そうだね」
「向こうの世界に住んでいれば、いつでも会いに行けますよ? またあの人たちと一緒にパーティーとか楽しめるんです」
向こうの世界にも親しい人がいる。仕事中に知り合った人たちだ。異世界に移住するということは、その人たちとも交流できるというメリットがあるのだ。
「門がなくなる」という発表があってから、プリーディオやルーシーには会ってない。彼女たちには色々お世話になったし、最後の挨拶くらいしておきたいところだ。
「それで、私、まだ聞いてなかったんですけど……」
「何を?」
「審査官さんは向こうの世界に行ったら、どこで働く予定なんです?」
あぁ……そういえばロゼットに僕の転職先について話してなかったな。
「今、スカウトが来てるのは『大聖堂』って場所だけど……」
「えええっ!!」
ロゼットが目を丸くして叫んだ。
そんなに驚くことかな……?
「し、審査官さん! そのスカウト、絶対に引き受けた方がいいです!」
「どうして?」
「魔法使いにとって、『大聖堂』は憧れの職場です!」
「そうなの?」
「はい! 魔法学校の生徒は卒業したら皆そこに行きたがります! でも、ほとんどの人は能力不足で採用されないんですけど……」
「僕、魔法使いじゃないしなぁ……」
「向こうの世界で『最強』とも言われる魔法使いが大勢そこに勤めているんです! 私も、彼らに憧れて魔法学校に入学したんですけど、全然芽は出ませんでした……」
「ふぅん……」
最強の魔法使いかぁ……。
何か、響きはすごいけど……。
僕に勤まるかなぁ……。
ロゼットは『大聖堂』への転職を勧めてくれたが、彼女の物差しと僕の物差しは違うから、まだ何とも言えない。
それにしても、ロゼットは大聖堂に憧れて魔法学校に入ったのかぁ……。
普通、向こうの世界に住む貴族の娘は家庭教師を雇って教育を受ける。しかし、ロゼットはそれをせずに魔法学校へ入学したのだ。僕はそれについて「何か事情があるのかな」と思っていたが、どうやらそういうことらしい。
僕もまだまだロゼットについて知らないことがたくさんあるなぁ……。
「その……審査官さん!」
「何?」
「『大聖堂』からは、どういう形でスカウトされたんですか? やっぱり、子どもの頃から憧れだったので、気になるんですっ!」
「あぁ……えっと、ポナパルトっていう僧侶が僕のことを鑑定スキルで調べたんだよ。そこから……」
「ええっ! ポナパルトさんに会ったんですか!?」
ロゼットはポナパルトという名前に反応する。
そこもそんなに驚くことかなぁ……。
アイツはすごい変態なのに……。
「会ったけど……」
「すごいです! 審査官さん、あの人に認められたんですよ!?」
「そんなにすごいかなぁ……?」
「あの人、私の憧れの人なんです!」
「憧れ?」
「あの人は、光魔法の使い手の中では最強とも言えます! 私よりも数歳年上なだけなのに、ものすごく強いんです!」
「へぇ……そうなんだ……」
「それに……ポナパルトさんはすごく美人で、スタイルも良くて……」
「僕はロゼットの方が可愛いと思うけど」
「も、もう! 審査官さんったら!」
ロゼットは赤面し、僕の胸部に顔を埋めた。
うわぁ……可愛い……。
この恥ずかしがる仕草がとても可愛い。僕は彼女のこうしたところに惚れているんだと思う。
その後、ロゼットはいつも以上に激しく僕を求めてきた。
大好きな人が憧れの人に認められたのが嬉しかったのか、自分が「可愛い」と褒められたのが嬉しかったのかは分からないが。
* * *
「審査官さん、起きてください」
翌朝、ロゼットの声で目を覚ました。彼女は隣で横になり、大きな瞳で僕を見つめていた。
「今日も仕事があるんでしたよね?」
「うん……」
「審査官さん、また不安そうな顔をしてますよ?」
ロゼットは僕の顔を見て言った。彼女はどことなく不安な表情をしている。どうやら僕の不安が彼女にも伝播しているらしい。何か、申し訳ないなぁ……。
でも、こうしている間にも門が消えるときが近づいているのだ。転職先も決まってないのに、不安を取り除くなんてできない。
「審査官さん?」
「……あ、あぁ、どうしたの?」
「そんなに悩んでいるなら、職場見学をして決めたらどうですか?」
彼女が口に発した提案もまた、僕の人生を大きく揺るがすものだった。
「……職場見学?」
「日本の諺で知りました。『百聞は一見に如かず』です。実際に向こうの世界を見に行くんです。こっちの世界よりも気に入るかもしれませんよ?」
「うーん。向こうの世界かぁ……」
僕はずっと審査官をやってきたが、これまで一度も異世界に行ったことがなかった。写真や映像で見たことはあるが、『大聖堂』がどんな場所なのかも知らない。
ロゼットにそう言われ、急に気になってきた。
向こうの世界はどんな場所なのだろう?
門が消える前に、向こうの世界を見ておいた方がいいのかもしれない。確かに、何も知らないまま向こうに行って、イメージと異なっていたら困る。
実際の異世界を全く知らないのに、僕は何を悩んでいたのだろうか。
「……そうだね。『大聖堂』に行こうか、職場見学にさ」
「えっ?」
「ロゼットも一緒に来る?」
「……はい! 一緒に行きましょう! 審査官さん!」
こうして僕らは、門がいつ消えるか分からない状況の中、異世界に1週間ほど旅行することに決めたのだ。
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