58人目 家族座談会の審査

 妹に異世界への移住のことを相談したことで、両親にもこのことが伝わってしまった。


 僕とロゼットは急遽実家に召喚され、客間に座らされた。

 長方形のテーブルを囲むように家族が集結し、僕の正面に座る父が尋ねる。


「お前には色々聞きたいことがあるんだが……」

「うん……」

「まず……お前、異世界に住みたいのか?」


 昔から、父が説教するときは低い声になる。表情はあまり変化はないが、声に変化が出るのだ。


「こっちの世界に僕を雇ってくれそうな職場が見つからなければ、それも選択肢の一つだと思ってる……」

「こっちで色々と転職先は探したのか?」

「うん……でも、どこも採用してくれなかったよ……」

「お前、たくさん資格を持っていたと思うんだが……それでもダメだったのか?」

「結局、面接がダメなら全部ダメなんだよ」


 そうなのだ。

 大学時代の話になるが、僕は様々な場所でアルバイトの面接を受けた。しかし、全て断られた。その理由は勿論、僕のダルそうな表情や態度が客や同僚を不快にさせるというものである。

 その結果、アルバイトで消費するはずだった時間を、僕は様々な資格の勉強に費やした。そうして僕は様々な資格を持つようになった。カラーコーディネーターとか、ビオトープ施工管理士とか、環境社会検定とか……。

 ただ、資格を取るにも受験料や教科書代がかかる。そうしたお金を搾り出すため節約に専念した。先輩が奢ってくれる夕食には必ずついて行った。きっと先輩が僕のために使ったお金は大学時代だけで数万円近くに上るだろう。その代償として僕は先輩に心の穴を埋めるための性の快楽を提供した。あの頃は、随分ヒモみたいな生活をしていたものだ……。

 話が逸れてしまったが、とにかく僕はたくさん資格を取った。履歴書の『保有資格欄』の枠からはみ出るほど大量の資格を書けるようになった。これで面接官に強烈な印象を植えつけることができるだろうと考えたのだ。

 しかし僕の目論見は完全に外れることになる。それを書いた履歴書を志望先に見せても面接を受けただけで1発アウトだった。こうして現在、僕の保有資格は全て宝の持ち腐れのような状態にある。


「資格がたくさんあっても、今はコミュニケーション能力がなければどこも採用してくれないよ」

「お前の場合、それ以前に問題があると思うんだが……」

「強いて言えば、そういう人材だけを求める企業の考え方が悪いかな……」

「ハァー……」


 父は呆れた顔をして、大きくため息をつく。

 そして、今度は視線をロゼットに向けた。


「で、今、ロゼットさんは妊娠しているのか?」

「はい……しています」

「つまり、俺の孫が生まれるかもしれない、ってことか……」

「そういうことになります……」

「お前たちが異世界に行ったら、孫の顔も見れなくなるかもしれないのか……」


 やはり、親としては孫の顔は見たいものなのだろう。


「でもさ……孫が生活費に困っている様子は見たくないでしょ?」

「ま、まぁ……そりゃそうだが……」

「結局、収入がないと何もできないよ、父さん」

「前みたいに、知り合いに仕事を紹介してくれる人はいないのか?」

「うーん……審査官のときは先輩がコネ入社させてくれたけど、今回は難しいと思うよ?」


 現在、僕が審査官になっているのは先輩がコネ入社させてくれたおかげである。

 しかし今回、先輩は黒川の家業の手伝いに行くと聞いている。残念ながら、従業員数には困っていないらしい。わざわざ僕のためにを空けてくれるとは思えない。

 それに、先輩が僕をコネ入社させたのには、かなりプライベートな理由もあった。黒川を失ったことで空いた心の穴を、彼の代わりに僕で埋めるために入社させたのだ。現在、先輩の元には黒川が戻っている。もう彼女には僕を傍に置く理由がない。


「……じゃ、じゃあ、お前の……その……蘇生術みたいなので生活できないのか?」

「こっちの世界だと、それは無理だよ」

「え……?」

「父さん、最近のニュース見てる? 魔法因子の感染性が証明されて法改正されたの知らないだろ?」


 数日前、魔法因子の感染性が確認されて国会では法改正が急がれたのだ。


 まず、『魔力増幅可能な杖の製造・所持の禁止』が改正された。これまでは入界者のみに適用されていた法律だが、今後は全ての人間に適用されるらしい。

『故意による魔法使用の禁止』も追加された。こちらも入界者のみに適用されていた法律だが、前述の法律同様全ての人間に適用される。使用できるのは正当防衛などの緊急時に限る、と制定された。

 僕の『蘇生魔法』も禁止の対象になったらしい。『回復系の魔法は人間が傷つくことはないので、禁止対象にしなくても良いのでは?』という意見もあった。しかし、それでは医者が儲からなくなる。そうした意見に対して医療団体から猛烈な抗議があったらしい。

 それに、この世界では蘇生魔法で人間を生き返らせるのは倫理的に問題になっている。


 一方、向こうの世界で蘇生魔法はそこまで問題になっていないし、むしろ歓迎されている。

 その理由としては、向こうの世界では魔物の襲撃などによる死者が多いことや、蘇生魔法を使える人材が貴重であることが挙げられる。


 つまり僕の能力を活かして仕事をするには、向こうの世界にいくしかないのだ。

 逆に、この世界で仕事をするには、この能力を完全に捨てなければならない。


「お前の魔法は、異世界向きってわけか……」

「うん……」


 そして、最後に父が尋ねる。


「どうしても、こっちの世界に就職先が見つからないのか?」

「ないよ」

「ちゃんと探したのか?」

「探したよ。何十社も。全部断られたけど」

「お前、アピールが足りないんじゃないのか?」

「そこまで言うならさ……父さんは僕のことよく知ってるだろ?」

「お、おう」

「じゃあ、僕を父さんの会社で面接させてよ」


「いや……お前なんかを入社させたら……その……俺の同僚とか、取引先が不快に思わないか心配というか……」


「……」

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