15人目 審査官の妹の審査
あれから、まだまだロゼットとの同居は続いている。
とはいえ、所詮、僕はまだ新米審査官。広い住居には住んでいない。1Kのアパートではたった二人でも狭く感じる。着替え中の彼女に遭遇することなんて日常茶飯事だし、一人用のベッドに二人で体を密接させて睡眠をとる。
もう少し広い部屋を借りようと思ったが、収入が心許ない。ロゼットをバイトさせようにも、入界者を雇ってくれる店は少ないので収入の上昇はあまり期待できないようだ。
「大丈夫、ロゼット? この家、狭いよね?」
「狭くない、と言えば嘘になりますけど、私はこの方が落ち着きますよ?」
そう言って、彼女はベッドの上で僕の手を握ってきた。僕の肩に頬を摺り寄せ、甘えた声を出す。
家の広さと幸福度は必ずしも比例しない。そのことを彼女に再認識させられた。日本人はついつい「広い家に住みたいわ」なんて言ってしまうが、そこに住んだところで幸せが待っているとは限らないのだ。
日本中の広い家に住んでいるヤツらに言ってやりたい。
こんな家でも彼女は幸せなんだぞ! と。
「私、審査官さんと狭い部屋で一緒にいるときが大好きです」
「可愛いな、ロゼットは」
「こうしてると審査官さんが家に誘ってくれたときのことを思い出します。強く抱き締めてくれて、すごくホッとしました」
手のかかる女なんて面倒くさいだけだ。
ロゼットと出会う前はそんな風に考えていたが、今はそれも悪くないように思える。彼女はこれまで付き合ってきた女性の中で断トツに手のかかる女性だ。手のかかる故に、僕は必然的に彼女のことをよく知らなくてはいけなかったし、接する機会も多かった。それが僕と彼女を強く結び付けている。
しばらく狭い部屋での生活が続きそうだった。ロゼットも僕も、このままでも良いと考えているが。
* * *
デュラハンの事件以来、僕は両親や妹と連絡をとっていない。「仕事を辞めろ」と当時は言われたが、その言葉を無視して仕事を続けている。連絡をとれば、再びそのようなことを言われるのではないかという心配もあり、ずっと両親からのアプローチを放置しているのだ。
一度はロゼットのことを家族に報告しようかとも考えたが、異世界人を恋人にすることについて反対される可能性もあったので黙っている。
* * *
その日、僕はいつものように担当する2番ゲートで審査を行っていた。もうすぐ自分のシフトが交代になる時間だった。
「おっす。兄貴。元気ぃ?」
門から2番ゲートに顔を出したのは、僕の妹だ。
「……何しに来たんだ、お前は?」
「異世界旅行の帰りだよ」
「1人で行ったのか?」
「そうだよ」
異世界へ旅行するのは大体、友達や家族といった個人であることが多い。向こうの世界ではビジネスホテルのような大型の宿屋が少なく、大がかりなツアーを組めないので異世界旅行を取り扱う旅行会社が少ないのだ。
「兄貴はちゃんと仕事してるかな~って気になってさ」
「見れば分かるだろ」
「ちゃんと仕事してるようで感心感心」
「ほら、仕事するから、早くパスポート出せよ」
「はいはい」
僕はパスポートを受け取った。載せられている情報は確かに僕が知っている妹のものと一致している。
「異世界旅行でどこに行ったんだ?」
「精霊の泉」
「ああ、あそこか。で、どこに泊まった?」
「日帰りだよ。どっちかと言うと、ここで兄貴に会うことが目的みたいなもんだからさ」
「会って何をするつもりだ?」
「最近の兄貴の様子を見てくること。兄貴さ、父さんと母さんからの連絡を無視してるだろ?」
「どうせ、『仕事を辞めろ』とか言われるんだろ?」
「さあ。父さんたちが何を伝えたかったのかは知らないけどさ、ウチは『様子を見てこい』とだけしか言われてないよ。それと……」
そのとき、他の入界者が2番ゲートに入ってきた。
大学生くらいの男女6人グループで、おそらく彼らも異世界旅行の帰還者だろう。
「あの、申し訳ありませんが、このゲートではまだ審査中ですので、他のゲートへお願いします」
「はーい。今はどこのゲートが空いてますか?」
「今は4番ゲートが空席になってますね」
そう言うと、彼らは4番ゲートの方向へ歩いていった。
「兄貴、ウチ、さっきの人たち向こうの世界で見たわ。なんかさ、大学の卒業旅行で来てるみたいだった。『肝試し楽しかったー』とか泉で話してたよ」
「ふーん……」
「で、審査はまだ続くの?」
「まあ、いいや。荷物にも不審なものはないみたいだし、審査は終了ってことにしておく」
「それでさ、今日兄貴の家に泊まっていい?」
僕は時計を見た。夜も深くなろうとしている。このまま夜道を1人で帰らせるのも危険かもしれない。
「別に泊まってもいいけど……」
そのとき、
ビーッ! ビーッ!
ホールに警報が鳴り響いた。
審査官に無線が入る。
《施設内にいる全審査官に告ぐ! 現在、4番ゲートにアンデッドが発生! 旅行帰還者がヴァンパイア化していた模様! 審査官は入界者とともに安全な場所まで退避せよ!》
4番ゲートということは、あの大学生の集団のうち、誰かがヴァンパイア化していたのだろう。彼らが話していた「肝試し」というワードからして、ヴァンパイアの住む館などに不法侵入して、吸血鬼に失血死させられた可能性が高い。
「緊急事態だってさ、兄貴。どうする?」
「とりあえず、お前を避難場所まで連れて行くか……」
そのとき、僕がカウンターから門の方を覗くと、警備隊の攻撃から逃れたヴァンパイアがホールを飛び回っているのが見えた。
鋭い歯や蝙蝠のような羽が生え、その人物はもう人間ではなくなってしまったことが分かる。
キュイィィン……。
ホールを羽をばたつかせながら飛び、警備隊の銃撃やレーザー攻撃を受けていく。すでに血まみれで体の大部分を失っているが、ヴァンパイアは必死に逃げ回っている。
「兄貴、あれが吸血鬼?」
「そうだよ。体自体は死んでいるから、あれだけ攻撃を食らっても平気なんだ」
グオオオオォッ!
飛び回るヴァンパイアの充血した目に、妹の姿が映る。闘争本能が剝き出しになったヤツは、妹目がけて2番ゲートへ急降下してきたのだ。
「なんか、こっちくるけど……ヤバくない?」
「はいはい」
僕は緊急封鎖ボタンを押し、2番ゲートの入り口にシャッターを下ろす。
頑丈で重いシャッターは、丁度ヴァンパイアの頭の上に勢いよく圧しかかった。
グチャッ!
そのままシャッターはヴァンパイアの頭を押し潰し、飛び出た脳漿と目玉が妹の足元へ転がっていく。
「うおっ、すげぇー。グチャッていったよ、グチャッてさ」
妹は恐がるどころか、その様子を淡々と眺めていた。
「今の、兄貴がやったの?」
「ああ、そうだけど」
「ナイスタイミングじゃん」
「そうだな」
「脳漿って、なんか……イチゴ味のヨーグルトみたい」
「いや、ブルーベリーだろ……」
* * *
この件について警備隊から聴取が終了した。
僕と妹は自宅アパートにようやく辿り着く。
「おかえりなさぁい! 遅いから心配しましたよ!」
「ただいま」
ロゼットが玄関で迎えてくれた。
このとき、妹はロゼットの存在を初めて認知したのだった。
「え? 兄貴、この子、誰?」
「彼女」
「えぇ! 兄貴に彼女いるなんて意外! しかも美人で巨乳だし!」
妹はロゼットに息がかかるほど接近し、物珍しそうに彼女の体をジロジロ眺める。
「ねぇ、アンタ、名前は?」
「ロゼットです。あなたは審査官さんの妹ですか?」
「そうだけどさ、アンタ、兄貴のどこが好きなの?」
「えっと、普段は冷たそうな感じがするんですけど、本当はとっても優しいところ、です!」
「ふぅん、『優しい』ねぇ……」
「妹さんも、そうじゃないんですか?」
「ウチは……どうかな? 兄貴のことをそんな風に見たことないからさ」
* * *
翌朝、僕が目を覚ますと、妹は実家に戻る準備を整えていた。
僕は玄関に向かい、妹を見送る。
「じゃあ、兄貴、ウチ、実家に帰るからさ」
「ああ、じゃあな」
「たまには父さんや母さんとも連絡してやれよ。この前は『仕事を辞めろ』とか言ってたけどさ、本当は応援していると思うよ?」
「そんな安いホームドラマみたいな話があるわけないだろ」
「心の底では頑張ってほしいと願っている気がするけどなぁ。それじゃ、帰るよ。兄貴、またな」
「またな」
妹は帰っていった。
両親が僕の仕事を応援しているだって? 本当だろうか?
僕はベッドに戻り、枕の傍に置いてある携帯電話を手に取った。
両親の元へ電話をかけてみる。
《……もしもし?》
「あ、母さん?」
《あぁ! アンタ! さっきニュース見たわよ! またゲートで事件が起きたそうじゃない! 今度はヴァンパイア出現だって?》
「……そうだね」
《私たち何度も言ってるけど、あんな危険な仕事は早く辞めなさ》
僕はそこで電話を切った。
安いホームドラマみたいな出来事は、そう簡単には起きないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます