16人目 出界審査官の審査

「意見交換会……ですか?」


 僕と先輩は仕事終わりに居酒屋へ寄った。ゲート施設内にある、入界者向けの居酒屋だ。この世界と向こうの世界の料理や酒が楽しめることで知られる。

 異世界の料理を楽しんでいたところ、先輩が「意見交換会」について話し始めたのだ。


「そうだ。今度、ゲート施設に勤務する職員が集まって意見交換会をするんだ」

「意見を交換するって、何への意見ですか?」

「ゲート施設が抱える課題だよ。例えば、どうやったらこちらの世界に来た入界者が犯罪を起こさないようにするか、とか」

「そんなこともやってるんですね……」

「私も参加する予定なんだけどさ、お前も参加しないか?」

「職員全員、強制参加じゃないんでしょう?」

「私みたいなチーフとか重役以外はそうじゃないけどさ、参加した重役の目に留まればお前の昇進もあるかな、って」

「そう世の中うまくいきませんよ」

「お前もロゼットと同居してお金が必要なんだろ? 昇進すれば給料アップのチャンスだぞ」

「逆に失敗して給料ダウンってことはないですか?」

「お前の場合、あるかもな」

「……」

「まあ、いいさ。とりあえず、1回は参加してみなよ。シフトも空いてるだろ? 私の補佐役ってことでいいからさ」


     * * *


 そして、意見交換会当日。

 会議はゲート施設内の広い講義室で行われるらしい。講義室前では広報の女性職員が会議のレジュメを配っている。

 僕はレジュメを受け取り、指定された席に腰かけた。


「あら、久しぶりね、コネ入社君」


 隣に座っている女性に声をかけられた。

 彼女は確か同期の審査官で、研修も一緒に受けたことがある。しかし、最近は全く会っていなかったので、名前はすっかり忘れてしまった。

「コネ入社君」というのは彼女が僕を呼ぶときのあだ名である。自分は面接や筆記試験をキッチリ合格して入社したのに対し、僕が先輩のコネで楽に入社したことを根に持っているらしい。僕はそんな彼女を「同期さん」と呼んでいる。


「……どうも、久しぶりですね……同期さん……」

「そういえば最近、入界側で大きな事件を起こしたそうじゃない?」

「……あぁ、デュラハンの事件のことでしょうか?」

「今回はそれの事情説明で来たのかしら?」

「違いますけど……」

「なぁんだ、残念ね」

「……出界側は化け物の相手をする苦労を知らないんですよ」


 ゲート施設には大きく分けて2つの部門がある。

 1つは、僕が所属する「入界」審査をする部門。

 もう1つは、彼女が所属する「出界」審査をする部門である。

 彼女たち出界審査官は、この世界から向こうの世界に不審な人間や物が渡らないように審査を行う。

 少なくとも、デュラハンのような化け物を扱うことはないだろう。


「そのままデュラハンの餌になってしまえば良かったのに」

「デュラハンに口はないです……」


 コネ入社のこともあり、彼女は僕を目の敵のように扱う。

 彼女は僕のことをライバルだと思っているのだろう。多分。

 僕は彼女のことなんてどうでもいいが。


「よぉ、お前ら、朝早くからご苦労だな」

「先輩。おはようございます」


 先輩が講義室に到着し、僕の隣に座った。


「お、おはようございます! 今日もよろしくお願いします!」


 同期さんは僕よりも数倍大きな声で先輩に挨拶した。顔も赤面している。

 おそらく同期さんは先輩に片想いしているのだ。


     * * *


 そして意見交換会は始まった。


 入界審査官側の課題は「入界者による施設への破壊工作」や「違法な持込の増加」などが挙げられた。

 出界審査官側の課題は「異世界滞在予定の虚偽記載」や「魔族による武器の密輸」などが挙げられた。

 配布された資料によると、滞在予定に嘘の申告をして異世界へ行き、そのまま暮らし始めようとする出界者がいるらしい。これは、一昔前に「異世界に行って新たな生活を始めた」というエッセイが流行したのが理由である。「異世界に行けばチート能力に目覚めてハーレムを作れる」と錯覚した若者が異世界へ出向き、そのまま帰ってこなくなるという。

 実際、能力に目覚めてハーレムを作っているかというと、向こうの世界もそんなに甘くない。モンスターにすぐ殺されたり、騙されて奴隷にされたりするという。そういう出界者を狙って「邪神教」も信者を獲得しようと動いているらしい。

 当局も注意を呼びかけているが、現実世界の息苦しさに異世界へ行く若者が後を絶たない。


 「入界」と「出界」、どちらの部署に勤めれば楽、ということはないのだ。


     * * *


 会議は進み、話題は先日の「デュラハン事件」に移った。


 自分が当事者であり、言及は避けたい話題だ。

 しかし、シャッターが引き裂かれ、審査カウンターが吹き飛んだという大損失を生んだだけに、言及は避けられない話題かもしれない。マスコミからの注目や政治家からの批判もあるという。


「あそこまで危険存在の侵入を許すとは、警備隊は何をしていたんだ?」


 出界側の代表者が警備隊へ煽るように質問する。

 当時デュラハン破壊作戦に参加した警備隊員らが回答した。


「あのデュラハンの鎧には徹甲弾でも穴を開けることができませんでした。高出力レーザーを数秒間照射してようやく貫通できるレベルです。我々に配られる兵器では歯が立ちません」

「今回、襲撃したデュラハンの残骸を回収した結果、あの鎧の硬度はM1戦車の砲撃にも耐えることが判明したのです! そんな化け物をゲートに辿り着くまでに倒せと言われても、現在配備されている装備では難しいと言わざるを得ません!」

「では、そんなに危険なものが異世界で大量生産されてしまう可能性はあるのかね?」

「あのデュラハンは特注品です。大量生産は難しいでしょう。あの鎧とそれを動かす魔術プログラムの作成に、プロの錬金術師と魔術師が、それぞれ数百人レベルで必要となります。国家予算並みの制作費がかかっているのは間違いないです」

「しかし、魔族はそれを作ったのだろう? 一体、何のためにそこまで人材と金をつぎ込んだのかね?」

「それは……こちらの世界に亡命しようとした入界者を抹殺するためです」

「ふむ……では、今回、ここの会場にその亡命者に応対した審査官はいるかな?」


 ああ、やっぱりこうなってしまった。出界側の代表者は僕のことを呼んでいるのだろう。


 はぁ……すごく帰りたい。


 隣の出界審査官も「早く立て」と言わんばかりに、グイグイと肘で突いてくる。


 こうなってしまっては、もう仕方ないか……。


「……はい。僕です」


 僕はその場に立った。


「ほう、では、デュラハンを連れて来た亡命者について説明してくれるかね」

「プリーディオ・アルグニギス、それが亡命者の名前です。彼女は魔族内部では重要人物の娘であり、反乱勢力から逃れるために亡命を希望したのです」

「その亡命者にはあれだけのスペックを積んだデュラハンに追わせる価値があったのか?」

「彼女は、魔王です。追わせる価値は十分あったでしょう」

「応対した当時、君は彼女の称号も、追われる理由も聞いていたのだろう? そこでゲート内の安全のために突き返そうとは思わなかったか?」

「亡命するには合理的な理由だと思ったので……」


 そこで会場内に軽く笑いが起きた。


「この施設を守るために亡命者を引き返させるのは合理的ではない、と言うのかね?」

「そうは言いませんが、相手は高ランクの魔族で、政治的利用価値があります。僕だけの判断によって入界拒否を出せば、それこそ問題になるでしょう。上司に相談しようとしていたところ、あのデュラハンが現れたのです」

「ふん……確かに合理的な行動だな」


     * * *


 夕方、意見交換会は終了した。

 今夜、どうやら入界側の職員を集めた飲み会があるらしい。重役も参加するとあって、高級料亭で行われるようだ。

 料亭の前にスーツを着た職員が集合し、ぞろぞろと店内へ入っていく。僕と先輩も入店し、会席が用意された広間に腰かける。


「どうだ、すごい店だろ。料理も美味いんだぞ」

「こんな店は初めて入りましたね」

「じゃあ、上司に酒を注ぎに行くぞ」

「え、ゆっくり食事を楽しみたいんですけど……社会人てことで我慢します……」


 僕と先輩は栓を抜いたビール瓶を持ち歩き、重役のグラスにビールを注いでいく。


「フフッ、あなた、ビールを注ぐのが下手ね」

「すいません、まだ慣れていないもので……」


「おい、お前、今日は大変だったなぁ! 新米なのに向こうの代表から質問されるなんてさぁ!」

「当事者なので仕方ないです……」


「出界側の代表はあんなこと言ってたけど、君は別に間違ったことをしちゃいないよ。生き残った者勝ちさ」

「そう言ってくれると、ありがたいですね……」


 入界側の重役は優しいなぁ。

 そんなことをしているうちに、飲み会は終了した。

 料理は全然食べ終わっていない。「もったいないなぁ」と思っていたら、料亭の女将さんがタッパーに詰めてくれた。


「またいらしてくださいね」

「あ、はい。ありがとうございます」


 詰めてくれた料理はロゼットと一緒に食べよう。

 そんなことを考えながら自宅へ戻った。

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