14人目 全ての元凶の審査

 ロゼットのブラジャー選びの続きである。

 次の休日、ロゼットに服を脱いでもらい、僕は測定作業に取り組んだ。スマートフォンでネットを開き、バストやカップの測定方法を確認しながら、彼女の胸部に目盛りを合わせていく。


「あ、あの、恥ずかしいので、あんまりジロジロ見ないでくださいね」

「初対面のとき、そっちから見せてきたのに、今さら?」

「うぅ……あのときは、この世界で胸を男性に見せることが一般的だと思ってたんですっ!」


 そうして、彼女のバストとカップが判明する。

 正直、引くほどデカかった。いくら巨乳好きな男でも、このサイズでは寄り付きにくいだろう。

 大きすぎる胸だが発達した乳腺のおかげで垂れ下がるようなことはなく、前方に突き出して綺麗な形を保っていた。もし彼女が母親になったとき、一体どれだけの母乳が出るのだろうか。ちょっとだけ興味が湧いてしまう。


 実際に子どもを作って確かめる?

 いやいや、それはない。彼女はただの同居人だ。まだまだ彼女とは打ち解けてないし、子どもなんて作ったら自分の生活を苦しめてしまう。

 たまに男の性で「抱きたい」とは思うが。


 とにかく、これで彼女に適したブラジャーを選ぶことができる。僕は彼女を連れて再び近所のショッピングモールへ訪れた。女性客から白い目で見られたあの場所に立ち、ロゼットとともにブラジャーを物色する。

 しかし彼女のサイズが大きすぎるが故に、合ったブラジャーは販売されていなかった。ロゼットの胸は異世界人の中でも特に豊満で、異世界人向けに仕入れていたブラジャーでも収まり切らないほどの膨らみを抱えていたのだ。

 仕方ないので彼女はしばらく布を巻き付けたまま暮らすことになった。洋服を着るとき白い山の頂点に立つ突起物が目立つが、家の中で過ごす分には問題ないだろう。屋外に出るときは、ぶかぶかなローブでも着ておけばいい。







     * * *


 それからショッピングモールで買い物を済ませて帰宅しようと購入した品を整理していたとき、僕はに気づく。


「あれ、アイツどこ行った?」


 一緒に買い物していたはずのロゼットが消えているではないか。ショッピングモールの中は異世界人の興味を誘うような品物のオンパレードだ。彼女は陳列された商品に見とれてはぐれてしまったのだろう。僕はこれまで通ってきた道をたどって店内を探し回ったが、とうとう発見できなかった。一体、彼女はどこへ行ってしまったのか。


 数時間後、彼女と再会できたのは僕の職場であるゲート施設の拘置所だった。ロゼットはモール内の係員へ手当たり次第に「審査官さんを知りませんか?」と泣き叫びながら尋ねていたらしい。係員が対応に困ってゲート施設に連絡し、そこから通訳や取締官を派遣する騒ぎになっていた。

 ゲート施設は異世界人の迷子コーナーみたいな場所だ。何か問題を起こせば彼らはそこへ誘導される。その場に偶然居合わせた先輩が彼女を発見し、僕へ連絡してきたことでようやく一件落着した。拘置所に閉じ込められていたロゼットは酷く怯えていて、泣きながら体を丸めるように腰掛けていたのを思い出す。


「うわああああん、審査官さあああああん!」

「ハイハイ、一人で恐かったよな。早く家に帰ろう」

「ぐすん……もうショッピングモールには行きません」


 ショッピングモールにトラウマを植え付けられたロゼットだった。


 これが、異世界人の同居人と暮らす僕の日常である。こんな事態が日常茶飯事のように起こるのだから、異世界人との生活も楽ではない。










     * * *


 最近、どうも胸を見せつけてくる入界者が多すぎる。しかも、なぜか僕の担当する2番ゲートだけ極端に多いらしい。

 同僚は「僕が女性入界者を言葉巧みに操って露出させている」とか「僕が審査に必要と偽って露出を強要している」と思っている。ロゼットと同居している件もあって、僕に関する悪い噂が広まっているようだ。


 そして、僕はついに調査へ乗り出すことにした。審査ゲートに設置された防犯カメラに映る、胸を露出した入界者をチェックするのだ。ただ、職場でチェックしているとセクハラに思われるので、先輩から特別に許可を貰い自宅で行う。


「審査官さん、おかえりさない」

「ただいま」

「手に持っているのは何ですか?」

「映像資料」


 早速、僕はプレイヤーに記憶媒体をセットして再生する。

 胸を見せつける入界者が出るようになったのは数ヶ月前。

 最初、僕に見せつけてきたのはロゼットだった。今思うと、当時の彼女の行動がなければ、僕らはこうして同居していなかったのかもしれない。


「こ、この映像、私じゃないですか!」

「そうだけど?」

「む、胸のシーンは見ないでください! 恥ずかしいです!」


 ロゼットによる露出を皮切りに、見せつけてくる入界者は増加する。先月だけで10人以上の入界者が見せてつけてきた。僕は3日に1回は毎回違う人の胸をダイレクトに見ている計算になるのだ。


「ほ、他の人の胸の映像も見ないでください!」

「じゃあ、誰の胸を見ればいいのさ?」

「わっ、私だけ見てください!」


 様々な見せつけるパターンを見直したが、胸のサイズや形に法則性は特にない。強いて言えば、若い女性が見せつけてくる傾向にある。

 彼らは決まって、僕に何かを懇願するときに胸を見せる。こうした行動をする入界者への情報源は同一である可能性が高い。


 この「胸を見せると、この世界の男性は許してくれる」というデマを流す情報源を、僕は「全ての元凶」と呼ぶことにした。


「なぁ、ロゼット。『胸を見せると許してくれる』っていう情報はどこから仕入れた?」

「若い家政婦さんが読んでいた本です。異世界の性事情について述べてありました」

「本のタイトルとか出版社は分かる?」

「そこまでは覚えてないです。役に立たなくて申し訳ないです……」

「いや、いいんだ。ありがとう」


 どうやら、その本が全ての元凶らしい。


     * * *


 しかし、異世界へ直接調査しに行くわけではない。胸を露出した入界者に向け、ひたすらこれはデマであることを伝えるのだ。そうすれば、いつか全ての元凶にもクレームが届き、直接ここへ来るかもしれない。

 そして対決の日は来た。


     * * *


 その日、2番ゲートに来たのはベレー帽を被った若い女だった。パーマをかけた髪型に、向こうの世界で流行しているスカート。見た目は普通の観光客という感じで、不審な点は見られない。彼女の外見に、僕は正直油断していた。


「……こんにちは」

「こんにちはでぇす!」

「……パスポートの提示をお願いします」


 名前:ポナパルト

 種族:人間

 職業:ライター兼画家


「あの……あなたの鞄をX線検査機にかけたのですが、中に変な影が……」


 僕が全て言う前に、彼女は胸を露出させていた。


(……出すのが早いな!)


「すいません、『胸を見せると許してくれる』というのはデマなんです」

「いえ、そんなはずはないでぇす! なぜならこちらの世界で得た情報だからでぇす!」


 この自信である。

 まさか、この人物が全ての元凶なのではないだろうか?


「あの……ポナパルトさん? もしかして、向こうの世界で、この世界の性事情について本を書きませんでしたか?」

「いぇす、おふこーすでぇす!」


 やはり、こいつが全ての元凶らしい。とりあえず「でぇす」という喋り方が鬱陶しくて腹が立つ。


「あなたが言っているのは、この本でぇすね?」


 そう言うと、彼女は自分の鞄を広げた。鞄には成人向けポルノ雑誌が大量に詰め込まれており、その中から一冊の本を取り出す。

 本のタイトルは「知って得する異世界の性知識~日常性交編~」だった。


「ちょっと、この本を見せてくれませんか?」

「おふこーすでぇす! いいでぇすよ!」


 僕はパラパラとその本をめくった。確かに「向こうの世界の男性は胸を見せると、窃盗くらいの犯罪は軽く見逃してくれる」とか「胸を揉ませると、さらに効果的」などと書かれている。


「あのですね……勝手にこんなことを書かれちゃ困ります」

「困っているのはアタシでぇす! 読者から苦情が絶えないのでぇす! 実際に読者が試してみたけど効かなかったみたいでぇす! だから、アタシ、こうして検証しにきたのでぇす!」


 その読者が実際に試した相手とは、おそらく僕のことだろう。


「……ポナパルトさんは、どうしてこんなことを書いたのですか?」

「こっちの世界の参考書に、そういう情報があったのでぇす!」


 再び彼女は鞄を開けて一冊の本を取り出す。それはこちらの世界の成人向けポルノ漫画誌だった。彼女は本をめくっていき、あるページを指差す。


「ほら、このエピソードでぇす!」


 それは、主人公が新米不良女子高生、という設定の読み切り作品だった。

 主人公のカナちゃんはデパートの化粧品売り場で口紅を万引きしたのだが、それを警備員に見られてしまう。警備員はカナちゃんを個室に連れ込み、「警察に通報されたくなかったら胸を見せろ」と脅迫したのだ。「も、もう許してよぉ……」と泣き出し、万引きを後悔するカナちゃん。しかし警備員は許さず、カナちゃんの胸に色々なことをして楽しむ。「うっひょー! すごい体してるな、お前は! 約束どおり、万引きは許してやるが、このまま楽しもうぜ!」となり、さらにすごいことになっていく。

 という内容だった。


「……こんなの真面目に捉えてたら、頭がおかしくなりますよ?」

「そうなんでぇすか?」

「ええ。かなりヤバイですよ」

「……アタシ、ヤバイでぇすか?」

「……ヤバく見えますね」

「……そうでぇすか」

「それに……この漫画、気に入らないところがありますね」

「どこでぇすか?」

「この警備員……僕に似てません?」

「それ、最初見たときから思っていたのでぇす!」


 髪型、目つきが僕にそっくりである。警備員の制服も審査官のものに似ている。

 僕はもう一度「知って得する異世界の性知識~日常性交編~」を開いた。この警備員に似た人物が挿絵として描かれている。胸を見て、女の子を許していることを示すイラストだった。


「アタシが描いたのでぇす! とってもあなたに似てるのでぇす!」

「……どうりで女性が僕のところに胸を見せに来るわけだ」

「胸を見放題でぇすね」

「あまり嬉しくはないですね。いいこともありましたけど」

「いいことって何でぇすか?」

「素敵な女性に出会えたことですね……」


 何となく、僕にはカナちゃんがロゼットに似ているような気がした。僕とロゼットはこんな酷い性行為はしないが。


「……というか、早く胸をしまってください。ずっと胸を露出してますよ」

「おぅ! すっかり胸を出しっ放しにしていたのを忘れていたのでぇす!」

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