13人目 女騎士団長の審査
僕がロゼットを家に招き入れて以来、僕は彼女と暮らし続けている。そのせいで女性用の衣服やら生理用品などを買い揃えなければならなくなり、僕と彼女でショッピングモールを訪れた。建物の外観や品数の豊富さに驚き、彼女は五歳児くらいの子どものようにはしゃいでいたと思う。
「審査官さん、こんなに服が揃っているお店、初めて見ました!」
「とりあえず何着か購入するから、好きな柄を選んで。上着とか、スカートとか、あと下着も忘れないで」
「え、買ってもらえるんですか!」
「ロゼットは金を持ってないんだし、仕方ないだろ」
僕はロゼットに買い物籠を持たせ、その店を自由に物色させた。彼女は音痴な鼻歌を周囲に聞かせながら、手に取った服を次々と籠へ入れていく。
しかし、どうも服のセンスがダサい。僕はひっそりと陰から様子を見守っていたのだが、どうしても気になって彼女の腕を掴んでしまった。
「あのさ、ロゼット」
「何ですか?」
「どうしてその服を選んだの?」
「え、日本っぽくって、素敵だと思ったんですが」
「うーん……」
彼女が手に取っていたのは
「この日本語の意味は分からないんですけど、きっと素敵な言葉が書かれているんですよね?」
「うーん、入る店を間違えたかな」
選んだ彼女も彼女だが、こんなデザインのシャツを置いている店も店だ。会計を安く済ませようと格安の店に入ったのがよくなかったのかもしれない。
それにしても、あのセンスはさすがにないと思う。あの頑固そうな親父に生活を縛られていたせいだろうか、自分で衣服を選ぶ機会がなかったのかもしれない。
* * *
そして僕らが下着売り場に入ったとき、事件は起こった。
「審査官さん、大変です!」
「どうしたの?」
「私、胸のサイズが分からないんです!」
異世界人の女性は乳腺が発達しているおかげで胸の形が崩れにくく、ブラジャーを着用する必要がない場合が多い。そもそも向こうの世界には高機能なブラジャーを量産する技術なんか存在せず、胸部へのケアと言えば長い布を巻き付けて揺れるのを防ぐ程度だ。ゲートへ持ち込まれる荷物にブラジャーが入っていた事例も極端に少ない。自分の胸のサイズを正確に把握している女性なんて、向こうの世界では稀だろう。
胸の突起物が目立つのはよくない。それはこの世界の考え方であって、向こうの世界ではそういう女性の身だしなみが未発達な地域も多く存在している。
「こんな箇所にも文化の違いが現れるのか……」
「見たことがないくらい精巧な花柄……きっとすごい職人が手作業で仕上げているんですよね」
ロゼットは花柄の下着を手に取って感嘆していた。
当然、僕がロゼットのバストやカップのサイズを知っているわけもなく、僕らはブラジャー売り場の前に立ち
はて、ロゼットは何センチの何カップだろうか。
ゲートで直に見たことはあるが、かなり大きかったはず。90以上でE以上はあると思うが、確信が持てない。そもそも女性の胸を正確に測定した経験もないため、ここで結論は出せないだろう。下手すると、100超えのJとかもあり得る。
そんな彼女の胸を凝視しながら唸る僕を、他の女性客が白い目で見ていたことにようやく気付き、僕らはそそくさと帰宅した。
異世界では、母乳は出れば出るほど、一度に多くの子どもを早く育てられる。子どもを短期間で成長させて、危険なモンスターなどから身を守らせるためだ。そのため異世界には巨乳女性が多い。そんな遺伝子的な違いも、異世界人との生活に刺激を与えるスパイスである。
* * *
数日後、職務停止期間が終了して僕は職場に戻った。
職場では僕に「ロリ巨乳魔女を嫁にした伝説のナンパ師」「言葉巧みに胸を露出させる女殺し」みたいなレッテルが貼られていたが、否定するのも面倒なので、そのまま放置することにした。
職務停止期間終了後に初めて審査する入界者を、僕はいつもの2番ゲートで待つ。
カウンターからチラリと門の方を見ると、鎧を着た重装備の若い女性が一人立っている。彼女の視線はまっすぐ僕を捉えているではないか。
もう早速、嫌な予感がする。
重装備の格好、というだけで観光や就労が目的でないのは明らかだ。きっと面倒な注文をされるに違いない。
せめて、職場復帰後の一人目の審査くらいはスカッと終わらせてほしいものだ。
白羽の矢が立つ如く、やはりその女性は2番ゲートへ向かってきた。鎧が歩くたびにガシャガシャと音を立てる。
「……おはようございます」
「お、おはよう、ござりましゅ!」
彼女は噛んだ。声も上ずっている。
僕が挨拶をしただけで、なぜか赤面していた。
近くで見ると、彼女はかなりの美人だったが、こうした言動を見るとかなり残念に思える。
「……顔赤くなってますよ?」
「ふ、普段、男性とは、ひゃ、話し慣れてないもので」
「……そうですか。パスポートを見せてください」
受け取ったパスポートは、手汗でぐちょぐちょになっていた。
名前:クララメイ
種族:人間
職業:女性騎士団長
鎧から察していたが、やはり彼女は軍人の類らしい。用件が宣戦布告でないことを祈る。
「それで、なぜこの世界に?」
「か、かつてこの国はっ、かかのディ、ディエルダンダ帝国を、うち、打ち払ったと聞きききました。だっだから、こっこの国の防衛ぎ技術をわ我が国ににちぃ、も取り入れたいと……」
「……は?」
噛みすぎて言いたいことが全然分からない。用件を聞く以前の問題だ。
「落ち着いて話してください。まずは深呼吸でもして……」
「すぅぅ、はぁぁ、すぅぅゲボェ! むせた! ゲボォ! ゴホッ!」
「……」
カウンターのガラスに彼女の唾がかかる。ここまでガラスに唾をつけたのは彼女が初めてだ。それに、ここまで緊張している入界者も初めてだ。
僕が男性だから緊張しているのだろうか。
「女性の審査官をお呼びしましょうか?」
「お、お願いひまひゅ!」
僕は無線をかけた。かけた先はもちろん先輩である。
「今、入界者が2番カウンターに来ているのですが、ちょっと特殊なので先輩に応対をお願いしたいのですが。おくれ」
《すまん! 今こっちは忙しいんだ! 提出期限が近い書類の作成をすっかり忘れていて……自分で何とかしてくれ! じゃあな! おわり》
「……」
* * *
彼女が落ち着いて話せるようになるまで、小一時間かかった。彼女は用件を話し始める。
「つまり、我が国の防衛技術発展のため、この国の防衛部隊を視察させてもらいたいのだ!」
「無理ですね」
「我が国の重役たちはこの国を脅威と捉えているのだ! かつて栄えた亡国ディエルダンダを消し去った悪魔の大国だと! 国民は皆、貴国が攻めてくるのではないかと怯えている! そのために私は貴国の実態を視察するため派遣されたのだ!」
「こっちに戦争を仕掛けてこない限りは応戦しないつもりなので安心して大丈夫です、と重役たちにお伝えください」
「見たところ、この国の入り口には大砲もバリスタも設置されていないが、どうやって騎士団を壊滅させたのだ?」
「それは国家の安全上、僕からは明かすことができません」
「むぅ……全く明かすつもりはないようだな」
「易々と明かせるわけないでしょう」
「むぅ……ならば、仕方ない」
そう言うと、彼女は鎧を脱ぎ始めた。
僕は何となく、次の展開が読めた気がする。
「あの……」
「わ、分かっている! む、胸を見せれば、よよよ良いのだろう?」
(やっぱり……)
ロゼットの言動といい、「胸を見せると、この世界の男の人は許してくれる」というデマが異世界では広がっているらしい。
この件はいつか調査して、デマの広がりを食い止めなければ……。
「こ、これでどうだ……?」
そんなことを考えている間に、クララメイは僕の目の前で胸を露出させていた。
「お願いだ……頼む! この通り!」
「……無理ですね」
「なっ、なぜだ!?」
「『胸を見せると許してくれる』というのはデマだからです」
すると、彼女は急に両手で胸を隠し、慌てて鎧を着直す。
「そういうことは早く言ってほしかったっ!」
「……申し訳ないです」
「まさか、貴様! 私の胸が見たくて黙っていたのではないだろうな!」
「それはないです」
* * *
彼女は数十分もかけて鎧に着替え終わった。重装備の鎧は着るだけで長い時間を要する。
「むぅ……それでは、どうしても警備隊については教えられないのだな?」
「そうです。これ以上聞いてくるようであれば、敵国の工作員としてあなたを通報させていただきます」
「通報されると、どうなるのだ?」
「尋問を受けます」
「むぅ……私から祖国の軍事機密を聞き出すというのか! くっ、殺せ!」
「拷問まではしません。それに、ここで引き返せば通報もいたしません」
「むぅ……遠路はるばるここまで来て、手ぶらで帰るわけにも……」
「……手ブラならさっきしてたじゃないですか」
「うるさい! 言うな! なぜそこでうまいことを言った!?」
「え? ああ、手ブラじゃなくて、手ぶらっていう意味ですね」
「素で間違えていたのか、貴様は」
「とにかく、軍人として他国の軍事情勢を知っておきたい気持ちは分かりますが、お引取りください」
しかし、この女騎士、なかなか食い下がらなかったのだ。
「私は、その警備隊とやらが見たいのだ!」
「誰かがここで急に暴れない限りは現れませんよ」
「むぅ……では、私が暴れれば出てくるのだな?」
「それは止めておいた方がいいです」
「祖国のためなら、私は鬼にもなろう!」
そう言うと、女騎士はガラスを鎧のまま殴りだした。
《審査室への破壊行動を検知しました。ヘル・ショックが発動します。審査官は直ちにガラスから離れてください》
僕はガラスから離れ、女騎士に声をかける。
「あの……そこ、離れた方が良いですよ。電流が来ます」
「
「そうじゃないんですけど、そういう名称もアリですね」
そして……
《ヘル・ショック発動》
「ぬおおおおおおぉぉ!!」
女騎士の体はそのまま数秒間痙攣した。ビクンビクンと震える。
しかし、彼女は倒れることなく、その場に立ち続けた。ヘル・ショックを食らって立ち続ける人間を、このとき僕は初めて見たのかもしれない。
「な、なるほど……貴様、雷魔法が使えるのか……」
「いえ……今のは……」
「フフッ……素晴らしい。警備隊を出動させる価値も私にはないということだな。私の相手など貴様一人で十分だと」
どうやら、彼女はヘル・ショックを僕の魔法だと勘違いしている。
「これだけでも十分な収穫だ。さらば!」
女騎士はヘル・ショックの存在を知っただけで満足したらしい。
体がまだ痛むのか、ぎこちない歩き方で門へ帰っていく。
その数秒後、女騎士と入れ替わるように先輩が2番ゲートへ来た。
「おい、さっき無線で私を呼んだようだが……」
「あ、ついさっき用件は終わりました」
「そうか、なら良いのだが……」
先輩は床に目を向けた。
「ここ、床がびしゃびしゃだが、何かあったのか?」
「え?」
そこは女騎士がさっきまで立っていた位置である。カウンターの陰であり、死角となって見えなかったが、床にかなりの量の液体がこぼれていた。
「うわっ、この液体、臭いぞ。尿じゃないのか?」
「さっきの入界者が失禁したんですね」
「き、汚ねぇな、そいつ!」
ヘル・ショックを食らったときの痙攣は、おそらく失禁したときのものだろう。その後のぎこちない歩き方からして、もしかしたら大の方も漏らしていたのかもしれない。
ここで失禁した入界者も初めてだ。本当に残念な美人だったなぁと思う。
ただ、残念な美人は嫌いじゃない。ロゼットや先輩、プリーディオだって残念な美人だ。
職場復帰初日、僕はここで色々な初めてを見たのだ。
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