12人目 見習い魔女の審査・再再

 それから深夜まで、僕たちは繁華街の風俗店を調査した。

 ロゼットが言葉の意味を理解していないまま、従業員にさせられている可能性があったからだ。特に違法風俗店では入界者にそういうことをさせる場所もあるという。


「最近、ここに入界者の女の子が入ってこなかった?」

「いえ……知りません」

「じゃあ、最近、入界者を雇った店を知ってる?」

「いえ……知りません」


 プリーディオの邪眼を使い、従業員から強引に情報を引き出していく。

 何軒も調べたが、結局ロゼットに関する情報は得られなかった。








     * * *


 気がつくと、再び、僕らは公園に戻っていた。さすがにこんな時間帯では公園に誰もいない。

 僕らはベンチに座り、自販機から購入した飲料で疲れを癒す。僕も彼女も飲んでいるのはオレンジジュースだ。


「こんなに必死に探すなんて、そのロゼットという人はとても大切な人なのね」


 ベンチに座りながら、プリーディオは言った。

 確かに、どうしてこんな必死になって探しているのか、自分でも不思議だった。以前の僕なら、捜索は警察に任せて自分は普段どおりの生活をしていただろう。一体、どうして僕は、こんなにもロゼットを心配しているのだろうか。


「今日は邪眼を使いすぎたわ」

「疲れました?」

「ええ。今日はもう引き上げましょう」

「そうですね。疲れた状態で探しても効率悪いですし、こんなに暗くては視界も悪くて……」

「デーモン族は夜の方が、目が冴えるのよ?」

「そうは言っても僕の視界は悪いです」

「仕方ないわ。また日が昇ったら探しましょう」

「そういえば、あなたはどこに泊まる予定なんです?」

「あなたの家に泊めてもらうつもりだったけど……」

「急ですね……」


 そのときプリーディオは何かを感じたのか耳がピクピクと動き、公園の隅へ視線を向けた。


「どうしました?」

「今、女の声が聞こえた」


 彼女の視線の先には外灯で照らされた公衆トイレがある。まさかロゼットはトイレで野宿しているのだろうか。僕らは足音を立てないように、そっとトイレに近づいた。確かに女性の声が聞こえる。公園で監視カメラに映るロゼットが消えたことに関して、ここに篭っていることで説明がつく。もしかしたら、ロゼットは最初から公園にいたのかもしれない。


「この部屋ね」

「はい。ここから声がしますね」


 僕らは声がする個室トイレの前に立ち、そっと扉を開けた。


 そこには――


「……うわぁ!」

「きゃぁっ!」


 見知らぬカップルがいて、性行為していた。女の手を壁に付かせ、後ろから男が突く。公園トイレでの夜ピクニックである。


「……」

「……」


 彼らとはバッチリ目があってしまった。

 しかし、僕らは見ていない振りをして、何も言わずにそっと扉を閉める。そのとき、僕もプリーディオも無表情だったと思う。

 その数秒後、カップルは逃げるように公衆トイレから出て行った。


「もう! たー君! ちゃんと鍵閉めたの?」

「閉めたつもりだったんだよぉ。ごめんな、ミキぃ……」


 男が性欲を抑え切れず、鍵も閉め忘れて彼女の肉体へ飛び込んでしまったのだろう。若さから溢れる性欲とは凄まじいものだ。

 走り去っていく彼らを見て、プリーディオがぼそっと呟く。


「この世界にはトイレで性交する文化があるのかしら?」

「うーん、一応ありますね」

「誰かに見られるのが嫌なら、最初からちゃんとした部屋を使えばいいのに」

「見られるかもしれないというスリルが楽しいらしいです」

「……変わった文化ね」

「この世界ではそういう文化がけっこう発達してます」

「私たちもここで性交してみる?」

「僕にはそんな趣味ないです」

「冗談よ」


 彼女は無表情で話すので、本気で言っているような印象を受けてしまう。


「じゃあ、帰りますか」

「まだよ。声がした個室はここだけじゃないわ」


 そう言うと、彼女は隣の個室トイレを指差した。彼女にはそこからも声が聞こえたらしい。


「また変なカップルが性行為しているんじゃないでしょうね」

「そこまでは分からない。早く開けなさいよ」


 僕は再び、個室トイレの扉をそっと開けた。


 そこには――


「し、審査官さん?」

「ロゼット……」


 ロゼットがいた。

 黒い三角帽にぶかぶかのローブ、間違いなく彼女である。


「審査官さん、どうしてここが……あっ!」


 僕は何も言わずにロゼットを抱きしめた。逃れられないよう、腕の力を込めて僕の胸に押さえ付ける。小さくてやわらかい体だった。彼女は夜の冷えと孤独の不安でブルブルと震えていた。


「こんなところで何をやってるんだ、お前は」

「審査官さん……私は……」

「一緒にいるよりも、勝手にいなくなる方が迷惑だ」

「……ごめんなさい」


 ロゼットは腕から逃げることもせず、顔を胸に埋めて僕を受け入れてくれた。僕に迷惑をかけたくなくて逃げ出したものの、これからどうすればいいのか分からず怯えていたのだろう。

 僕は彼女に今回の件について詳しい説明を求めなかった。ただ無事でいてくれたこと、それだけで良かったのだ。


「ロゼット。今日から、僕と一緒に暮らそう」

「……いいんですか?」

「ああ。もう決めたんだ」


 会ってみて分かった。

 やっぱり僕はロゼットのことを放っておけない、と。

 まだ先輩の言っていた『結婚』とまでいかないが、一緒に暮らす覚悟はできた。

 きっと、この娘と暮らすのは苦労するだろう。彼女は日本の言葉も常識も知らない。家事だって上手くできるか分からない。こんな娘を家に住ませるなんてどうかしている。

 それでも野に放す方が自分の心に深い穴を作ってしまうような気がした。彼女を傍に置いておきたい。彼女のあどけない笑顔に、どうしようもなくホッとさせられるのだ。


「だからさ、ウチにおいで」

「ありがとうございます、審査官さん。こんな私ですが、宜しくお願いします!」


 プリーディオを外に待たせていることも忘れて、僕とロゼットはしばらく抱き合っていた。












     * * *


 プリーディオは空気を読んだのか、公衆トイレの外で待っていてくれた。


「どうやら見つかったようね」

「ええ。あなたのおかげです」

「これで借りは返したわよ」


 公衆トイレの中からロゼットも出てくる。プリーディオとロゼットはそこで初めて互いを認識した。


「審査官さん、この子は?」

「プリーディオ。お前を探すのに協力してくれた」

「そうなんですか!」


 ロゼットはプリーディオの頭を撫でようとしたのか、彼女へと手を伸ばす。


「私、ロゼットっていうの。プリーディオちゃん、よろし……」


 パシッ!


 プリーディオはロゼットの手を払いのけた。


「ずっとトイレに泊まっていたんでしょう? 汚らわしいから触らないで」

「え……」

「それと、『ちゃん』づけで呼ぶのはやめて。虫唾が走る」

「その……」

「子ども扱いもやめてくれる? イラつくわ」

「あ、はい……」

「あなたの顔も、捨てられた子犬みたいで目に余る」

「し、辛辣……」


 僕とロゼットの出会いも、最初はこんな感じだったような気がする。どことなくプリーディオは僕に似ており、ほとんど無表情のまま。言葉以外で感情が表に出ないところがそっくりだ。

 二人の会話はまだまだ続きそうだったので、僕が切り上げることにした。


「そろそろ僕の家に行きましょうか」

「そうね……行きましょ」

「は、はい!」

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