おまけ編 その2 出界審査官の日常
1人目 旅行出界者の審査
時代は遥か未来。
日本に異世界へ通じる門が開いた。
これにより、この世界から様々な人物が門を通じて異世界に行くようになった。この影響もあって、人間の価値観や交流はかなり進歩したのだ。
しかし、全ての出界者が文化交流のために出界するとは限らない。正当な理由なく出界しようとする者もいた。
そんな出界者を選別するため、門を囲むように空港のような巨大な建造物が構築され、門の手前には人間の科学力を結集した出界審査管理ゲートが設置されたのだった。
* * *
今日もまた出界者が2番出界審査ゲートで止められていた。
「あの、すいません」
出界審査官である私は、ガラス越しに向かい合った人物へ声をかける。
「はい、何でしょう?」
「全員のパスポートと、滞在計画書の提示をお願いします」
私がガラス越しに向かい合ったのは、家族らしい3人の集団。
私はパスポートを彼ら全員から受け取り、名前を確認する。私の予想通り、彼らは『後藤』という家族らしい。父・母・息子という編成だった。
父の後藤武夫は塗装会社の営業マンで、母の絵梨は専業主婦、息子の和弥は小学4年生のようだ。
「後藤さんですね? 出界目的は……『異世界旅行』ですか」
「はい、そうです」
「どこへ訪ねる予定ですか?」
出界審査官はこうして出界者に質問をして、滞在計画書に矛盾点がないかを調べるのだ。
「カンタレラ城下町で騎士団のパレードを見学して、そこの宿屋に宿泊する予定です」
「その翌日は?」
「周辺の森でハイキングする予定ですね。あの辺りは渓流が綺麗らしいので」
後藤武夫は営業マンということもあり、受け答えがハキハキとしている。
武夫が回答した内容も、矛盾点はなかった。
武夫が口に出した『カンタレラ城下町』というのは、異世界の人気観光スポットだ。門の向こうは中世ヨーロッパのような世界になっており、独特の建築様式が人々を魅了する。カンタレラ城下町は統一された街並みやそこに所属する騎士団の伝統衣装が有名だ。もうすぐ騎士団のパレードが行われるということもあり、観光に行く出界者は多い。
出界審査官は速やかに審査を行うため、こうした情報を頭に入れておかなければならないのだ。
「では、絵梨さんに質問します」
「はい」
「カンタレラ周辺の森でハイキングをするようですが、その地域に生息する注意すべき魔物はご存知ですか?」
「はい。タイラント・スライムには注意しなければならないらしいですね。他のスライムよりも攻撃的で自分よりも体格の大きい相手にも襲いかかると聞きました」
出界審査官はこうして出界者全員に個別で質問をして、滞在計画に矛盾点がないか、異世界旅行に必要な知識が備わっているかをチェックするのだ。
異世界には『魔物』と呼ばれる危険生物が数多く存在する。こうした魔物から出界者を守るためにも、出界審査官は知識の提供を行う。魔物が多く生息する地域へ行く滞在計画を発見した場合には、その中止や変更を求めることもある。
しかし今回はそんな危険地帯に行く計画もなく、計画書にも矛盾点はないという判断に至った。このまま彼らを出界させてしまっても問題はないだろう。
「そうですね……荷物にも不審なものはありませんし、滞在計画書にも問題はなさそうです」
「はい、ガイドブックをよく読みましたからね」
「それでは、査証を発行します」
私はコンピューターに彼らの個人情報と滞在計画を入力し、『発行』ボタンを押し込んだ。コピー機のような音を発し、機械の内部で査証が印刷されていく。
機械が査証を発行する間、私は視線を息子の和弥へと向ける。
「どう? 旅行は楽しみ?」
私は営業スマイルを作り、和弥へと話しかけた。
「うん! 異世界に行ったら、スライムを見たいんだ!」
「スライム?」
「そうだよ! プニプニしてて、可愛い生き物なんだよ!」
「そうなのねぇ……お姉さん知らなかったわ!」
和弥は『異世界生物図鑑』を手に持ち、嬉しそうな表情で私にスライムのページを見せてきた。子どもは自分の知識を他人に教えるのが好きだ。私はそんな知識を利用して出界する子どもへよく話しかける。
自信満々に知識を披露する息子を見て、母の絵梨が会話に入ってきた。
「ウチの主人、なかなか長期休暇が取れなくてねぇ……息子は今日の旅行を楽しみにしてたんですよ」
「そうでしたか、異世界を楽しんできてくださいね」
そんな会話をしている間に査証の発行は完了した。私が後藤一家に査証を手渡すと、彼らは世界と世界を繋ぐ門へと歩いていった。私は軽く手を振り、彼らを見送る。
幸せそうな家族だったな……。
私もいつか、あんな家庭を持ちたいなぁ……。
そんな羨ましさを心の隅に置き、次の出界者の審査へ取りかかる。
「こんにちは。パスポートと滞在計画書の提示をお願いします」
* * *
その翌日の夕方のことである。
私が出界審査を担当した後藤武夫と和弥が死亡した、という連絡が入った。
「えぇ……マジなの……?」
あんなに幸せそうな家族だったのに……。
まさか、そんな悲劇に遭うなんて……。
「一体……どうしてそんなことに……」
どうやら、入界審査中にゾンビ化して警備隊が焼却したらしい。
そして当時、後藤家の入界審査を担当していたのは、例のアイツだったという。
* * *
例のアイツ……この施設で面倒事ばかりを引き起こす疫病神・死神的存在である。
彼には女性入界者を言葉巧みに操って胸を露出させているという噂もある。本当のことならば許しがたい悪行だ。
現在、私はそいつのことを『コネ入社君』と呼んでいる。悪い噂の絶えない男で、正義感の人一倍強い私にとって彼は注意人物だった。
この話は、そんな『コネ入社君』と過ごした日々の記録である。
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