53人目 適性テストの審査
記者会見があってから、1ヶ月ほど経過した。
ずっと忙しいときが続いていたが、どうにか自宅でロゼットとゆっくりする時間を確保することができた。
しばらくロゼットに構ってあげられなかったので、その分イチャイチャしてみる。新婚早々お互い欲求不満になっては問題だ。
ただ、その間も将来の不安が僕の頭を離れなかった。
まさか、新婚早々こんなに忙しくなるとは……。
しかも、その先に待っているのは失業である。
辛いなぁ……。
せめて、僕の定年前くらいならよかったのに……。
僕はまだ20代前半で、妻もいるのに……。
仕事を失ったらどうなっちゃうんだ……?
「……審査官さん?」
「え……あぁ、何? ロゼット」
「上の空になってません?」
「あぁ……ごめん」
「こうしているときくらいは、仕事のことを忘れてくださいね」
「うん……」
僕はふと思い立って、ある質問をロゼットに尋ねてみる。
「ロゼットは……向こうの世界に戻りたくないの?」
その質問に対し、
「正直なことを言うと……二度と自分が住んできた場所を見られなくなるのは寂しいです。
でも……審査官さんの傍にいるのも好きなんです。私の人生で、今が一番充実してるときだと思うんです。私は、審査官さんの傍にいるだけで満足です」
彼女はそう答えてくれた。
* * *
一応、門が消えると同時に、審査官へ退職金が支払われるらしい。
ただ、その額は決して高いとは言えない。
数ヶ月遊んで暮らしたら底を尽きるような金額。
僕は次の仕事を早いうちに決める必要があった。
他の審査官も次の仕事を探すのに必死になっているようだ。休憩時間中、携帯端末で転職サイトを見たり、求人情報雑誌を見たり……そんな審査官をよく見かける。
また、転職相談コーナーなども施設内に設けられ、そこで話し込む職員もいた。
僕も一度、そのコーナーへ足を運んだことがある。
「では、『職業適性診断テスト』の結果をお見せください」
「……これです」
「……」
「どうしました?」
「……対人志向が0ポイントですね……」
「そうですね……」
「特に『人と親しむ』と『自分を表現する』の項目で0ポイントが続いてます」
「はい」
「今はどの職場でもコミュニケーション能力が求められてます。これでは企業や公務員に転職するのは難しいでしょうね……」
「そうですか……」
* * *
記者会見から1ヶ月も経つと、ゲート施設も人が少なくなっていった。
門が消える可能性が高くなったことで、この世界へ旅行・移住する人間が消えてしまったのだ。
「……暇だ」
今日も僕は2番ゲートで審査対象者を待つ。椅子に寄りかかり、ぼんやりと門を見つめながら……。
「……」
しかし、何時間待っても、入界者は現れない。
そんな退屈な時間が続く。
そのとき、
「我らはゾルディスタ帝国騎士団! そして我は騎士団長、ユーリング! 貴国の領土を占領しに来たァ!」
「……」
……門の中から何か来たけど、僕の審査の対象外だと思う。多分。
「皆の者、かかれぇーッ!」
「うおおおおおッ!」
「……」
キュィィイイン……!
「ぐわッ! 何だ、どこから攻撃がッ!」
「ギャアアッ!」
「ひぇッ! 体がバラバラに……!」
「……」
やっぱり僕の審査の対象外だったらしい。
彼らは高出力レーザーで切断されていった。
入界者が来たと思ったら、こんなのばっかりだ。
警備隊が彼らの死体をブルドーザーみたいな重機で片付けていく。
ぼくは勤務時間中、ずっと門をぼんやり眺めていた。
勤務時間中、1人も審査しない日もあった。
* * *
ある日の勤務時間終了後、僕は独りで飲みに行った。
施設内の居酒屋へ行くと、制服姿のロゼットが出迎えてくれる。
「いらっしゃいませ、審査官さん」
「1人、カウンター席で」
「かしこまりました!」
ロゼットは僕を店の奥へ案内する。
その途中、僕は店内を見渡した。
「あれ……?」
客が一人もいない。
いつもは入界者で賑わっていた店内が、とても静かになっている。
一瞬、『今日は定休日だったかな?』なんて思って、店の玄関を見たが、やはり『営業中』の看板が出ていた。
「今日は、静かだね……」
「『門の消失』の報道で入界者がいなくなっちゃたんです」
「やっぱり……」
「審査官さんが最後のお客さんです」
「え?」
「今日で、この店をたたむらしいです。店長が言ってました」
「そうなんだ……」
僕は席に座ると、いつも飲むレモンサワーを注文した。
「……」
僕はそのサワーを、少しずつ飲んでいく。
以前、客たちの賑やかな声が飛び交う中で飲んでいた酒。
味がいつもと違うような気がする。
この店には色々な思い出がある。
先輩と一緒に飲んで、色々な会話をした。
邪神と酒を酌み交わした。
黒川とも飲んだことがある。
ロゼットがアルバイトに就いた。
マウタリウスと喧嘩をした。
そんな店も、今日でお仕舞い。
ここで飲むお酒も、これで最後。
その日は、なかなか酔えなかった。
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