52人目 施設の会見の審査

 僕は施設へ辿り着くと、更衣室で審査官の制服に着替えた。他の審査官も次々と出勤し、ラウンジへ集まっていく。

 施設前にも多くの記者やカメラマンが集まり、会見の様子を放送しようと準備を進めている。


 僕はラウンジのベンチに座り、隣に腰かける先輩に声をかけた。


「先輩、これ、何が起きたんです?」

「さぁ……私も詳しい内容は聞かされていないんだ……」


     * * *


 そして数分後、施設内の会議室で会見の準備が整い、マスコミが中へと入れられた。

 ラウンジでも巨大なモニターがセットされ、審査官たちの視線はその画面へと集中する。


《それでは、まもなく会見の開始時刻となります》


 モニターに映る記者がそう言った。


 次の瞬間、会議室で一斉にフラッシュが焚かれる。

 施設の最高責任者が入場したのだ。


《それでは、予定の時刻となりましたので、会見を始めさせていただきます》


 審査官を全員呼び出し、マスコミまで呼んだこの会見。

 一体何が語られるのだろう……?


 施設の最高責任者は、ゆっくりと口を開いた。


《……数年前から定期的に、この施設と複数の大学からなる調査チームが門の解析を行ってきました。


 門がどのような仕組みで世界と世界を繋いでいるのか、誰がどういった経緯で門を作ったのか、どういった素材で構成されているのか……それらを解析するため、私たちはその研究を続けてきたのです……。


 その調査結果を解析したところ、門自体の持つ魔力が徐々に減少していることが確認されました。門の魔力は、この世界と向こうの世界を繋ぐ効果を持っており、これがなくなった場合、世界が分断されることになります。

 そして最近の調査で、この魔力がもうすぐ尽きる可能性があることが判明しました》


 その会見の様子を見て、審査官たちが互いに顔を見る。

 でも僕だけは、会見の中継から目が離せなかった。


《つまり、私たちが言いたいのは、『近いうちに門が消失する可能性が高まった』ということです》


「え……?」


 門が……、


 消える……?


《その魔力を補充することはできないのでしょうか?》


 記者が質問した。


《現在、門の魔力を補充する方法は発見されておりません。そもそも、門自体に分かっていないことが多いのです。いつ作られたのか、誰が作ったのか、どうして世界を繋ぐことができるのか、など、解明が進んでいないことが多くあります。門が持つ魔力の減少も、最近になってようやく分かってきたことなのです。もっと前から分かっていたら、そのときに会見を行っていたでしょう》


《それでは、具体的に、いつ門が消失する可能性があるのですか?》


《私たち研究チームが出した結論では『今後、3ヶ月以内に消失するのは確実』だということです》


 3ヶ月……!?


 かなり短い……。


 僕は隣に座る先輩に話しかける。


「……先輩」

「何だ?」

「つまり、僕たちは……」

「いずれ、近いうちに失職する……ということになるな」

「……」


 僕は視線をモニターから外し、ガラス越しに門を見た。


 門は静かに、ただそこにあるだけだった。


「……信じられないよなぁ。私が生まれる前からあったのにさ……」

「そうですね……」


 門が消える?

 ずっとそこにあるものだと思っていたのに……。


 それに……僕が失職する……?

 どうしよう……。

 今日、僕は結婚したばかりで、これから収入が必要なんだぞ……。


 僕は会見のことで頭が真っ白になった。

 この後、会見がどのように終了したのか、どうやって僕は自宅に戻ったのか、よく覚えていない。


     * * *


 門の消失こそが、門が用意した最大級の波乱だった。


 世界は再び分断される。


 そして僕は入界審査官という職を失う。


 僕は、この先どうすればいいのだろう……?


     * * *


 門の消失可能性が発表されてから1ヶ月間、ゲート施設は人で溢れかえっていた。

 僕は多くの入界者を審査するようになる。

 審査した人物の多くは、向こうの世界に移住していた出界者だ。


「では、入界する理由をお話しください」

「門が消失するかもしれないという知らせを受けて、急遽こちらに戻ってきたんですよ」


 ほとんどの人がそう答える。

 やはり、自分の世界への愛着は捨てるのが難しいのだろう。

 慣れ親しんだ実家を捨てるようなものだ。そう思うのも無理はない。


     * * *


 同時に、出界審査ゲートも人で溢れかえっていた。

 そこに集まっていたのはこの世界に住んでいた入界者たちだった。


「この世界には凶暴な魔物がいなくて安全だけどさ、やっぱり俺にはモンスター退治の仕事があってるような気がするんだ……」

「『門が消失する』って聞いたとき、『やっぱり向こうの世界にいたい』って思ったんだよ。実家の薬草栽培を継ごうと思う。今は親の顔が見たくてたまらないよ」

「もう二度と実家周辺の風景が見られなくなると思うと寂しくて……やっぱり、人間って故郷に縛られる生き物なんですね……」


 そうした出界者へ、マスコミが取材していた。

 自分の故郷に愛着があるのはこの世界の人間だけではないらしい。


     * * *


 しばらくの間、僕は2番ゲートに絶え間なく来る入界者の審査を続けた。


 そうしている間にも、門が消失するときは近づいていたのだ。

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