54人目 無表情面接の審査
記者会見から2ヶ月が経過した。
門の消えるときが、刻一刻と迫っている。
それと同時に、僕の失職するときも近づいていたのだ。
僕は次の仕事を見つけなければならない。
そのために転職コーナーを訪れてみたが、イマイチ結果を得られなかった。相談に応じてくれた職員によると、僕はコミュニケーション能力が極端に低いらしい。職業適性診断テストでは対人志向が0ポイントという判定が出た。
今は、どの職場でもコミュニケーション能力が求められる時代だ。
僕みたいな無表情で普通の人間の感性を理解できないような人間を欲しがる団体はないだろう。
どうしてこんな世の中になっちゃったんだろうなぁ……。
* * *
就職活動時代、某有名企業での面接が思い出される。
「……失礼します」
「どうぞ、そこの席に」
「……よろしくお願いします」
「うーん……」
「……」
面接官は僕の顔を睨んだ。
「君さぁ、やる気あるの?」
「えぇ。まあ。それなりに」
「何かさぁ、声も小さいし、表情もダルそうだし……」
「そうですか……」
「そんなんじゃ、取引先へのイメージが悪いんだよね」
「はぁ……」
「君の成績証明書や履歴書を見る限りでは、成績も良いし、資格もたくさんあるし、中身は良い人材だとは思うんだ。
だけどね、見た目とか態度がそんなんじゃどこも受け入れてくれないよ」
「そうですか……」
数日後、その企業からメールが届いた。
その内容は、やはり落選を伝えるものだ。
当時の僕はこんな感じで、面接を受けた企業は全て断られている。僕のメールボックスはお祈りメールで埋め尽くされた。
先輩もこうした僕の様子を見ており、『もしお前が内定を貰ったら、内定をあげた企業が可哀想だ』という言葉をいただいた。
僕が今こうして審査官に就職できているのは、奇跡とも言えるだろう。
* * *
もちろん、人となるべく会わないようにして仕事をすることも選択肢にある。
投資家、漫画家、小説家……などがそうした職業に当たるのだろう。職業適性診断テストでも『このような職種に向いてます』みたいなことを言われた。
ただ、僕には投資に関する知識もないうえに、突出した芸術センスもない。収入が安定する可能性が低く、時間と金を浪費して失敗しそうな気がするので避けたい選択肢だ。
* * *
休日が終わり、僕はゲート施設へ出勤した。
僕はいつものように2番ゲートで入界者を待つ。
「……」
しかし、誰も来ない。
「……暇だ」
退屈な時間だけが経過していく。
僕は今日もポカンと口を開けながら、ぼんやりと門を眺めていた。
そのとき、
「ギャオオオッ!」
「……」
大型ドラゴンが門の中に侵入してきたが、僕の審査対象外だと思う。多分。
そのドラゴンは黒色で、ニーズヘッグ型である。他種のドラゴンと比較して、吐き出す炎の温度がかなり高いらしい。気性も荒く、視界に入った生物を全て食そうとする性質がある。この世界では第Ⅰ種異世界特定危険生物に指定されている。
「きゃああっ、ドラゴンよ!」
「くそっ、逃げろ! 口から出す炎で消し炭にされるぞ!」
他の審査官は審査カウンターを飛び出して、セーフゾーンへと避難していった。
キュィィン……!
「ギャアァァァッ!」
「……」
高出力レーザーによってドラゴンの鱗に大きな傷がつけられていく。
耐火装甲を身に纏った重装備の警備隊も出撃し、ドラゴンの傷に向かって炸裂弾を撃ち込んだ。
「ギャアッ!」
ドラゴンはヨタヨタと門の向こうへ逃げていった。
「……」
周囲の人間がめまぐるしく動くなか、僕は審査カウンターから一歩も動かず、ぼんやりと門を眺めながら今後の方針について考えていた。
何というか、ドラゴンに食われる不安よりも、転職先が決まっていない不安の方が大きい気がする。逃げる気力がなかったというか……。
まぁ、もし死んでも自分で蘇生できるからいいんだけどさ……。
そんな風に考え事をしていたら、警備隊員がこちらへやって来るのが見えた。
「おい、2番ゲート審査官? お前、セーフゾーンに逃げなかったのか?」
その警備隊員に尋ねられた。どうやら彼は2番ゲートへ被害確認に来たらしい。
「まぁ……一応、入界者を待たせるわけにはいかないので……」
「そんなジョークはいいから。今度ドラゴンが入って来たら、セーフゾーンへ避難しろよ? どうせ、もう入界者なんて来ないんだから!」
「まぁ……そうですよね……」
……この警備隊員の言うとおり、僕も入界者はもう来ないと思う。
本当は、ここで入界者なんか待ってる場合じゃない気がする。
早く仕事を探さないと……。
審査官のほとんどは、すでに転職先が決定しているらしい。
先輩は黒川の家の手伝い。
同期さんは某有名企業の営業職。
ゲート施設に勤める職員のほとんどはエリートな人材である。
普通、その実力を持ってすれば簡単に転職先は決まる。
しかし、僕の場合そうはいかなかった。
このとき、既に何社か面接を受けていた。しかし、コミュニケーション能力の無さを理由に、全て断られた。
現在、全審査官の中で、仕事が見つかっていないのは僕だけらしい。
門がなくなっちゃったら、どうしよう……。
2番ゲートで待機している僕の心に不安と焦りが募っていく。
そのとき、
カツン……!
ゲート前のホールに、靴音が鳴り響いた。
……え?
……誰だ?
向こうの世界から、何物かが門を通過して2番ゲートに近づいてくる。
僕はその人物をポカンとした表情で見つめていた。
……どうしてこんな時期に入界を……?
門は今にも閉じられるかもしれないんだぞ……?
その人物は2番ゲートに向かって直進してきた。
そして、ガラス越しに僕と向かい合う。
冒険者風な衣装の女だ。
その人物とは……、
「へぇい! 審査官さぁん! お久し振りでぇす!」
全ての元凶、ポナパルトだった。
「……」
またこいつか……。
こいつと会うのも、これが最後になるのだろう。
「元気でぇすか!? アタシの顔が見れなくて寂しくなかったでぇすか!?」
「……は?」
この「でぇす」という喋り方が、相変わらず腹立つ。
世話になった人物なら最後の挨拶も感慨深いものになるのだが、こいつに関してはあまり良い思い出がない。
入界が目的でないのなら早めに追い出そう……。
「相変わらずのダルそうなフェイスでぇすね!」
「……何の用です? また入界以外の目的じゃないでしょうね?」
「おぅ! 今日の目的も入界じゃないのでぇす!」
「……なら帰ってください」
僕は2番ゲートのシャッターを閉めようとした。
「ちょちょちょ! 審査官さぁん! お話はラストまで聞くのでぇす!」
彼女は必死にガラスにへばりついてきた。
このままシャッターを閉めても、ずっとそこで待機していそうな気がする……。
「ほ、ほら! アタシの胸を見せるのでぇす! お話を聞いて欲しいのでぇす!」
だから、その情報は嘘なんだって……。
彼女は自分の胸を露出し、審査カウンターのガラスに押しつける。豊満で白い胸部が、ガラスの表面に柔らかく潰れた。
こいつ……いつも胸を見せてくるな……。
はぁ……。
仕方ない……。
不本意だが、話だけ聞いてさっさと帰そう。ガラスへ胸を押しつけた状態の彼女に手動でヘル・ショックを浴びせてやりたい気持ちもあったが、心の奥に抑え込んだ。
決して、彼女の胸に負けたわけではない。早く面倒事を済ませたいだけなのだ。
「……話を聞くだけですよ?」
「では……単刀直入に言わせてもらうのでぇす!」
次の瞬間、ポナパルトの目が真剣なものになる。
いつもふざけたような態度をしている彼女だったが、今はそうした空気を感じさせない。
まるで、戦闘時のプリーディオやルーシーのような重々しいオーラを放っている。
彼女もこんなオーラを放てるのか……。
ただ、胸を露出したままだけど。
「アタシ……今日は、『もうすぐ門が消える』と聞いてここへ来たのでぇす」
「……そうですか」
「……審査官さぁん?」
「はい?」
「あなた、向こうの世界に移り住む気はないでぇすか?」
「え……?」
それは僕の人生を大きく揺るがす提案だった。
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