55人目 移住の提案の審査
「僕が……あなたたちの世界に移住するんですか?」
「そうでぇす! 世界が再び分断される前に、審査官さぁんがこっちの世界に来るのでぇす!」
「えぇ……?」
僕は最初、
「審査官さぁんは、門が消えたら次のお仕事は決まっているのでぇすか?」
「……いいえ」
「おぅ、いぇす! アタシの予想通りでぇす!」
転職先が決まっていないことを煽っているのかな?
「なら、審査官さぁんはこっちの世界で働けばいいのでぇす!」
「は?」
「審査官さぁんの『蘇生魔法』を欲しがっている職場はたくさんあるのでぇす!」
そういうことか……。
ポナパルトは僕の蘇生魔法を欲しがっているのだ。
「蘇生魔法を使える人材はとっても貴重なのでぇす!」
「らしいですね……」
「冒険者ギルドや教会とかも、そうした能力者を確保するのに力を入れているのでぇす! 審査官さぁんの能力なら、向こうでの仕事探しや生活に苦労はないのでぇす! 一生お金に困ることもないのでぇす!」
「そうですか……」
「審査官さぁんは向こうの言語もマスターしていて、勢力事情なんかも理解しているのでぇす! 問題なく働けると思うのでぇす!」
「……まぁ、多少は理解してますが……」
僕は、ポナパルトの言うことも一理あると思った。
彼女の言うとおり、向こうの世界には僕のような能力者を求めている職場は数え切れないほどあるだろう。僕が向こうの世界で転職できる可能性は高い。
今の仕事よりも高い給料で、裕福に暮らせるかもしれない……。
でも……、
でもそれは……、
僕はこの世界を捨てなければならない、ということになる。
今まで育ってきた場所、僕を育ててくれた家族、見慣れた景色、使い慣れた文明の利器、僕に関わってきた友人や知人……。
その全てを手放すことになる。
「アタシは、審査官さぁんをスカウトしに来たのでぇす!」
「スカウト?」
「是非、将来アタシと一緒の職場で働いて欲しいのでぇす!」
「ポナパルトさんの職場って……?」
「大聖堂でぇすけど、何か?」
昔、メモで見たポナパルトの職場の住所、僕はそこをアトリエだと思っていたが、どうも違うらしい。
ポナパルトは勤めるらしい『大聖堂』は、異世界の有名な観光名所としても挙げられる。異世界の最大宗教である『女神教』の本部であり、強力な回復魔法を使える僧侶たちと聖騎士が集結した要塞と化しているらしい。その荘厳さを感じられる建築様式は、こちらの世界の住人の多くを魅了してきたという。聖堂内部には誰でも入れるというわけではなく、限られた人物しか入ることが許されない。実際に内部を見た者は数少なく、メディアでもその一部しか紹介されていないという神聖な場所なのだ。
「ポナパルトさんは画家と思ってましたけど……」
「アレは、趣味でやってる副業でぇす。本業は大聖堂に勤める僧侶でぇす」
「そうでしたか……」
大聖堂は何度も魔族の襲撃を受けてきたが、それを跳ね返し、人々を守ってきたという歴史がある。
それならば魔王プリーディオがポナパルトのことを知っていたのも納得できる。
ただ、こんな変態が僧侶やってて良いのだろうか……?
会う度に胸を露出するし……。
僕は彼女の職業に困惑した。
「それで、スカウトの返事を聞かせて欲しいのでぇす!」
「あぁ、そうでしたね……」
「……」
ポナパルトは真剣な表情で僕を見つめた。
彼女は僕が向こうの世界に行くことを、すごく期待しているのだと思う。
確かに悪くはない提案だ。
でも……、
「ごめんなさい。返事は少し待ってくれませんか?」
僕はそう回答した。
この問題は簡単に結論が出るものではない。
ただ転職に困っているから、という理由で異世界に移住していいものだろうか。
そのためだけに、僕が関わってきた全てを手放すことはできないような気がした。
「今の段階では、決められません。もうちょっと悩ませてください」
「……分かったのでぇす。良い返事を期待してるのでぇす」
「……勿体ない話かもしれませんが、こちらでの生活とか、人間関係とか、思い出とか、色々なものをこの世界に置き去りにしたくはないんです」
「そうでぇすね。審査官さぁんの納得のいく答えが見つかるといいでぇすね……」
ポナパルトは門に向かって歩き、その中へ消えていった。
結局、彼女は最後まで豊満な胸を露出したままだったが……。
周辺を歩く警備隊員は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で僕たちを見つめていた。
僕は彼女の胸にすっかり慣れてしまったが。
* * *
もし、こちらでの生活に将来が見えていたら……、
もし、僕に何も能力がなかったら……、
すぐに彼女からの誘いを断っていただろう。
でも、今の僕には将来が見えていない。
そして、僕には蘇生魔法が使える。それは向こうの世界で生きるための強力な武器となるだろう。
もうすぐ門は消える。
僕は早急に決断することを迫られていた。
そして、このとき僕はまだ知らなかった。
帰宅後、僕は転職しなければいけない状況へさらに追い込まれることを……。
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