56人目 興奮した夜の審査

 あれから色々調べた結果、向こうの世界に留まることを決めている出界者がけっこういることが判明した。

 そのほとんどがこちらの世界に居場所のない人間だ。


「向こうの世界には、もう身寄りもないし、財産もないし……今更戻ったって居場所がないんだよ……」


「どうせ、向こうの世界ではこんな学歴・職歴じゃどこも雇ってくれないさ。低賃金の職場で収入が上がらないまま働かされるだけさ。それに、今やってるマンドラゴラ栽培の仕事、けっこう気に入ってるんだぜ?」


「昔、ちょっと人には言えないような仕事をやっててね……向こうの世界では追われてるのよ……。でも、今は家庭も持てたし、周りもいい人ばかりだし、こっちの世界にいたいのよ」


 一方、僕はどうだろうか。

 良い学歴も職歴もある。僕を支えてくれる人たちだっている。

 足りないのはコミュニケーション能力だけだ。


 向こうの世界に移住するには、少し理由が贅沢というか、何というか……。


     * * *


 その日の夕方、僕は腕を組み、ポナパルトの提案について考えながら帰宅した。


 すると……、


「……ん? 何だあれは……?」


 玄関先でロゼットが待っていた。

 彼女はどことなく不安そうな表情をしており、そわそわしている。

 何があったんだろう……?


「し、審査官さん!」

「どうしたの、ロゼット……?」


 彼女は僕を見るなり、駆け寄ってきた。


「た、大変なんです!」

「え? 何が大変なの?」

「私、気づいちゃったんです!」

「だから……何を?」


 そして、ロゼットは衝撃の事実を口に出した。


「私、その、最近、生理が来ないんです!」

「えぇ……」


 それって……。

 まさか……。

 まさか、まさか……。

 いやいや、だって、危険日にはゴムをしてたし。


 ……。


 安全日には、そのまましちゃったけどさ……。

 彼女、ゴムが擦れるのを痛がっていたし……。

 僕自身もゴムがない方が気持ち良かったし……。


 それが甘かったかなぁ……。


「ロゼット、とにかく確認をしよう……」


 僕はロゼットの肩をポンと叩いた。


「はい! でも、どうやって……?」

「こっちの世界には検査できる薬品があるんだ……」


     * * *


 僕らは急いで近所の薬局に行き、妊娠検査薬を購入した。

 そして再び帰宅し、ロゼットは薬品を試す。僕はその様子を緊張しながら見守った。


 薬品が示した結果は……、



















 陽性だった。


 彼女の中に、僕の子どもがいる。


 どうしよう……。

 これから僕は無職になるかもしれないんだぞ……。


「子ども……できちゃいましたね」

「うん……」

「……」

「……」


 僕らは部屋の真ん中で、しばらく床に正座した。

 お互い沈黙し、気まずい表情で床を見つめる。


 本来、妊娠は喜ぶべき出来事なのだろう。

 しかし、現在は状況があまりよろしくない。


 これは『どちらが悪い』という問題ではない。お互い行為を楽しんでしまっていたのだから……。


「……と、とりあえず……おめでとう、ロゼット」

「は、はい……」


 こんな状況じゃなかったら、もっと喜んだのに……。

 心境が複雑だ……。


 子どもができる、という経験も初めてである。

 なかなか実感が湧かない。


「本当に子どもが……できたんだ……よね?」

「このお薬が示す限りでは、できました……」

「ちょっと、お腹を触ってみてもいい?」

「はい……どうぞ」


 そう言うと、彼女は服をめくり上げた。火傷痕のある腹部が露出する。

 僕はロゼットに近寄り、彼女のお腹を直接触ってみた。

 腹部を撫でられ、彼女は赤面する。


「く、くすぐったいです……」

「相変わらず、ロゼットは可愛い反応をするよね……」


 温かく、いつもと変わらない肌だ。体型もスリムであり、お腹は膨らんでいない。


「特に……お腹に変化は感じられないけど……」

「私は、ちょっとお腹が痛くなることがありました」

「うん……産婦人科に行こう」


     * * *


 翌日、僕は休日を使い、ロゼットとともに近所の産婦人科のある病院へ行った。


 検査終了後、僕とロゼットは診察室に呼ばれた。部屋には検査を担当した医師が座っており、僕たちの分の椅子を用意した。


「では、結果をお伝えします」

「……はい」


 ゴクッ……。


 僕らは固唾を飲む。


「診査の結果、ロゼットさんは確実に妊娠してますね」


 彼女を検査した医師はそう言った。


「今のところ、お子さんは問題なく成長しているようです。ロゼットさんも健康そうですし、何も問題はないでしょう」

「そうですか……」

「ただ、気になるのは……」


 医師は話を続ける。


「ロゼットさんは、ある時期から体温の周期が変化しているようなんです。半年ほど前から、急に体がリセットされたというか……」

「あっ……」


 僕たちには思い当たる節があった。

 僕の蘇生魔法である。

 あれは魔力で体の状態をリセットする効果がある。

 まさか、体の周期までリセットしてしまうとは……。


「あの……それで、ロゼットはどれくらい前から妊娠していたんでしょうか?」

「そうですね……今の状態は、妊娠3ヶ月半といったところです。もう少しで、お腹も膨らみ始めると思いますよ」


 今から3ヶ月ほど前……、

 その頃の行為でロゼットは妊娠した。

 思い当たるのは実家にいたときである。

 あの日は、僕もロゼットも安全日だと思っていた。だから、避妊具は使用しなかったのである。

 しかも、あの日、僕らはいつもと違う雰囲気に興奮し、ほぼ徹夜した。何回戦やったのかも思い出せない……。

 つまり、僕の蘇生魔法によってロゼットの周期が変化し、安全日だと思っていた日は危険日になっていたのである。その危険日に僕らはしてしまった。しかも、何回も。


 こうして、転職先を見つけなければならない状況へと、僕はさらに追い込まれたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る