18人目 殴られ貴族の審査

 居酒屋での話の続きである。

 ロゼットという入界者がコネ入社君の彼女になっていることを知り、彼を自分に振り向かせられなかった後悔が自分に圧し掛かる。

 そんなわけで、私は自棄酒をした。空になったグラスを何度も取り替え、次々と喉奥へカシスオレンジを流し込む。


「お、おい……もう飲むのは止めとけ……」


 先輩はそんな私を制止させる。


「だってぇ~私ぃ~アイツのことをぉ~好きだったんですよぉ~!?」


 呂律が回らず、こんな口調になっていた。今思えば、かなりの醜態を晒してたと思う。


「……そうだね」

「それにぃ~あの子ぉ~、めちゃくちゃ胸でかいじゃないですかぁ~!」

「まぁ……大きいとは思うけど……」

「何あれぇ~化け物みたいでしたよぉ~! 乳がボイ~ンって! あはは!」


 とにかく、このときの私はおかしかったのだ。後悔と嫉妬がミックスされ、さらにアルコールの魔力も加わり、完全に暗黒面に囚われていた。


「まぁ、巨乳には巨乳なりの悩みとかがあるさ。そう僻むなって」

「コネ入社君は巨乳な女の子が好きなのかなぁ~……?」


 やはり、男子は巨乳の女性が好きなのだろうか。

 ほんと、巨乳の女性は男性に困っていないイメージがある。大学時代、私の周りにいた巨乳女子のほとんどが浮気をしていた。当時のことがそのイメージへ結びついている。

 それに比べて……私は……。


「……」


 私は視線を自分の胸部へ向けると、そこにあったのは平野だった。切ない。


「うっ……!」

「どうした!?」

「……吐く……!」


 、急に吐き気が……!

 胃の中がぐるぐるする。


「た、大変だ! 今すぐトイレに行った方が……!」

「それはダメ! この個室からトイレに行こうとすると、コネ入社君と鉢合わせちゃう! こんなに酔って吐きそうになっている姿を見られたら、私……!」

「吐いてる姿を見られる方がもっと不味いだろ……」


 そんな無駄な会話をしている間に、吐き気は頂点に達しようとしていた。


「や、やっぱりトイレ行ってきます……!」


 私は意を決して、飲んでいた個室を飛び出す。

 しかし、私はすぐに足を止めてしまった。


「ここは、料理とお酒を楽しむための場所なんです。その気がないなら、さっさと帰ってください!」


 室内にロゼットの怒号が響いたからだ。

 私の目の前に人だかりができている。先ほど、コネ入社君が座っていたあたりだ。どうやら、そこでロゼットと誰かが言い争いをしているらしい。

 ロゼットには『明るく穏やかな巨乳』という印象があっただけに、こんな姿を見たときは驚いた。どんな巨乳も怒るときは怒るのだ。


「貴様はどこまでもバカな娘だな! 貴様は容姿が良いから、かつて僕が許婚に選んでやったというのに、その恩を仇で返すつもりか!」

「バカはあなたです! 向こうの世界で、後先考えずにいつも思いつきで行動して、財力に任せて金鉱石の採掘を始めさせて、何人の奴隷を犠牲にしたと思ってるんですか!」


 ロゼットと金髪の男性が緊迫した表情で何やら言い争っている。金髪の男は高貴な服装をしており、奴隷らしき人間を連れていることから、向こうの世界の貴族ではないかと推測できる。威圧的で偉そうな男だ。

 そして、ロゼットの横でその様子を見守る人物がいた。コネ入社君である。周囲が緊迫した包まれている中、彼はいつものようにダルそうな表情を続けていた。


 アンタ……本当に緊迫感ないわね……。


「マウタリウスさんは好き勝手命令しているだけです! あなたは奴隷さんたちの手柄を横取りしている卑怯者です!」

「この……クソ娘がっ!」


 マウタリウスと呼ばれた金髪の男は拳を作り、ロゼットに向かって殴りかかった。


「ちょ、危な……!」


 私はその男を止めようとした。

 でも、彼は私の手の届かない距離にいる。

 それに、今激しく動いたら嘔吐してしまう、というのもあるが……。

 とにかく、私は彼に向かって手を伸ばしたが、届かなかったのだ。

 彼の拳はロゼットに向かっていく。

 そして、もうすぐで当たりそうになったとき、


 ガッ!


「えっ……!」


 コネ入社君がロゼットの前に飛び出し、腕で拳をガードした。

 相変わらずのダルそうな表情での防御だが、逆にそれがカッコよく見える。『そんな攻撃、私には全く効かんな……』みたいな強キャラ感を演出しているのだ。


「邪魔だ! そこをどけ! 愚民が!」

「それはできません。彼女は僕にとって大切な人ですから……」


 しかも、めちゃくちゃカッコいいこと言ってる!


 私はてっきり、彼は傍観に徹すると思っていた。だって、彼のこれまでの行動を見る限りでは、人間味を感じるようなことはなかったから……。

 でも、は、と違う。

 すごく男らしい。

 彼にもこんな一面があったんだ……。


「くそ! おい、奴隷ども! こいつをどうにかしろ!」


 拳を止められたマウタリウスは、自分の奴隷らしき人たちに向かって怒鳴った。彼らと一緒にコネ入社君を叩こうとしているらしい。

 このマウタリウスという男は、どこまでも最低な男だ。弱そうな女の子に殴りかかるし、さらに多人数で相手を叩きのめそうとする。


 そのとき、


「なんだ、喧嘩か? なら、俺はお嬢ちゃんの味方になるぜ」

「え……?」


 私の後ろから声がした。

 振り向くと、店内にいた他の客らが拳をポキポキ鳴らしながら立っていた。


「な、なんだ? 貴様たちは……! ぼ、ぼぼ僕を誰だと思ってる! 僕はあのアルバート家の……」

「知らねぇよ! この金髪野郎の偉そうな態度には、俺も腹が立ったぞ! とんでもねぇクソ貴族が!」

「お嬢ちゃんを守る兄ちゃんはカッコ良かったぜ! 兄ちゃんは下がってな!」


 入界者と思われるガタイのいい男たちが騒動に介入し、マウタリウスを追い詰めるように取り囲む。介入してきた客は10人近くいるだろう。


「一発殴らせろ! おらぁ!」

「げふっ!」

「てめぇみてぇな男が富を牛耳ってると思うと、ほんと不快だぜ! うらぁ!」

「うぐぅ!」


 マウタリウスは男たちによってボコボコになっていく。彼の顔面と腹を中心に、無数のパンチが叩き込まれた。


「うっ……おぇ……」


 そんな中、ついに私の吐き気は頂点に達しようとしていた。

 早くトイレに向かわなければ……!


 そのとき、


 ガッ!


「ひぇっ!」

「た、助けてくれ!」


 マウタリウスが犬のように四つん這いになりながら、男たちの包囲を抜け出して私の脚を掴んできたのだ。彼の顔面は血だらけの状態で、私に助けを求めている。


「うっ……」


 一方、私の吐き気はもう限界だった。体の奥から胃液が一気にこみ上げる。


「ウボェェェェッ!」


 とうとう、私は吐いてしまった。

 マウタリウスの顔面に向かって……。


 ビチャァァ!


 彼の顔面は嘔吐物で汚れ、周囲に異臭が広がる。


「あ……すいませ……ウボェッ!」

 ビチャァァッ!


 2発目。再び彼の顔面に嘔吐物がかかる。

 うわぁ……やっちゃったな。これ……。

 コネ入社君が見てるよね……。もう、ゲロイン確定だよ……。一生お嫁に行けなくなっちゃう……。


 私はチラリとコネ入社君がいる方向を見た。しかし、男たちが壁となり、彼から私を視認することは不可能になっているではないか。

 こんな感じで私は彼に醜態を晒すことなく、吐き気をスッキリさせたのだ。


「ぎゃあっ! 痛い! 痛い!」


 一方、マウタリウスは再度男たちに包囲され、殴られていた。ゲロをかけられているのなんておかまいなしに、男たちは殴り続ける。


「ひぇっ! ぱ、パパぁ~!」


 そして、最後には奴隷にも見捨てられ、マウタリウスは居酒屋から逃げるように出て行った。そうしてこの騒動は収束したのだ。

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