19人目 大きな借りの審査
居酒屋での帰り道のことである。
私と白峰先輩は施設前の広場周辺を歩いていた。日が完全に沈み、お洒落なデザインの街灯が広場のタイルを照らす。
「あのときのアイツ……カッコよかったな……」
「そうですね……」
私たちは居酒屋の騒動で見たコネ入社君の言動について振り返っていた。
「アイツにも、あんな一面があるんだな……」
「先輩も知らなかったんですか?」
「そうだな……アイツとは長い付き合いだけど、初めて見たぞ。てっきり傍観すると思っていたが……」
それだけ、彼があんな行動をとることは稀らしい。
「ロゼットっていう恋人ができて、アイツも変化しているのかもな……」
先輩は遠くを見つめながら呟く。
そういえば、最近は先輩とアイツが一緒に行動しているのを見ていない。以前は一緒に食事やホテルに行く様子が頻繁に目撃されていたが、この頃はそうした話を聞かなくなった。
それもおそらく、コネ入社君に彼女ができたのが理由かもしれない。
彼はロゼットに一途になっている……。
「まぁ、嬉しいことなんだけどさ。アイツが幸せになってくれるなら……」
「先輩はコネ入社君が好きだったんじゃないんですか?」
「いや……好きな人に似ていただけだ。前にも言ったけど、アイツへの恋愛感情はないよ。私は、アイツの恋愛を見守ることに決めたんだ……」
「そう……ですか」
「でもさ、好きな女の子を必死に守る姿って、何か見てて嬉しくなるよなぁ」
「はい……」
私も彼がロゼットを庇う様子を見て嬉しかった。
守られたのは、私の恋敵のはずなのに。
自分が好きになった人のカッコイイ場面を見れると心が踊る。
『やっぱり自分はこの人を好きになって良かった』って思えた。
同時に、やはり『悔しい』という感情も生まれる。
もっと前からああいう一面を知っていたのなら、私はそのときに告白していただろう。
『後から嫌われるより、最初から嫌われてた方が、今後の関係がうまくいくのかな……って思ったんです』
合コンのときの彼の言葉を思い出す。
彼は私が嫌っているのを知っていながら、私を選んでくれた。
元々、私には脈があったのだ。
でも、私はそのチャンスを無駄にした。
そのことが今になってすごく悔やまれる。
多分、今頃コネ入社君とロゼットはイチャイチャしているのだろう……。
私はそんなことを考えて俯きながら、先輩の横を歩いていた。
そのとき、
「……あ! 思い出した!」
「ど、どうしました? 先輩?」
先輩が急に声を発し、私たちの歩みは止まった。
「そうだ。お前に話したいことがあったんだけどさ、あの騒ぎですっかり忘れていたよ……」
「え? 何です?」
「業務連絡なんだけど……」
先輩は私の顔を見つめた。その表情は真剣そのものだ。
「先日、お前が審査した出界者が2人行方不明になったのを覚えているか?」
「あぁ……はい。私の審査不備だったとか……」
もちろん覚えている。
私が審査官になりたての頃にやらかした痛恨のミス。あのときは随分凹んだものだ。確か、そのときも、こうやって先輩が私を慰めるために食事へ連れて行ってくれた。
「……その出界者たちが見つかった」
「え?」
「偽造パスポートで入界しようとしていたところを拘束された。現在、警備隊の監視下に置かれている」
「えぇ……?」
「見事に邪神教信者になっていたよ。不正出界したはいいがやはり生活に困って居場所を求めた結果、そういうことになったらしい」
「そう……でしたか……」
「まったく、バカだよなぁ。『魔物を狩ってエルフの嫁と生活したかったのですが、剣も弓も扱えませんでした。だから邪神教の手下として生活してました』だってさ。異世界への移住は簡単じゃないんだよ。コネか余程の才能がないと無理だってのに」
やはり不正出界だったようだ。
そんな不純な出界理由に気づけなかったなんて……。
あのときの自分の審査不備が悔やまれる。
「で、さらなる信者獲得のために不正入界しようとしたところ、清太郎が偽装パスポートを見抜いてヘル・ショックを浴びせた」
「コネ入社君が?」
「そうだ。お前の尻拭いをしてくれたんだぞ? 今度、お礼を言っておけよ?」
「はい……分かりました」
どうやら、私は彼に大きな借りができたらしい。
「何か……また元気を貰っちゃったな……」
この前も審査不備で凹んでいたとき、彼の勤務の様子を見て元気を貰った気がする。それに今回の居酒屋の件や不正入界者確保の件も併せると、彼にはかなり世話になっていると思う。
とにかくこれで分かったのは、私が思っているよりも彼は頼りになる人間だということだ。
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