14人目 入界審査官の審査

 数日後、施設内で意見交換会が開かれることになった。取り上げられる大きな議題は、もちろん先日発生した『デュラハン事件』のことだろう。

 この会議は出界審査官、入界審査官、警備隊などの施設に関する様々な部門の人間が集まって、それぞれの仕事ぶりを評価するためのものらしい。


 私は会場前の廊下で会議のレジュメを受け取り、指定された座席へと移動する。

 レジュメをざっくりと見る限りでは入界審査官も沢山の問題を抱えているらしい。入界者による施設への破壊工作や、違法な持込の増加など、我々出界審査官よりも大変な部分があるそうだ。


「へぇ……アイツも大変ねぇ。異文化との交流ってホントに疲れるわ……」


 この会議には自分の意思で参加したというわけではない。上司から参加の推薦があり、それに答える形で出席したのだ。


「これは君にとって昇進のチャンスだ。この会議に参加して重役の目に留まれば、昇進の可能性が高まる。最近、君の成績は優秀だ。こうした会議に参加する良い機会かもしれん」


 そんなことを言われてこの会議に参加したのだが、会場での座席表を見てびっくりした。


 私のすぐ隣に、入界審査官が座ることになっているのだ。


 頼むから、は出席しないで……。


 あの治療施設での一件以来、私は彼らと会っていない。接触しないように、彼らが近づきそうな場所を避けていたのだ。

 特に白峰先輩には接触したくない。私がコネ入社君のことを好きであることを、あの人は知っている。


 お願い……!

 隣の席には別人が座って……!


 そんなことを祈りながら会議が始まるのを待っていた。


 しかし、


「……げ」


 ダルそうな表情、やる気のなさそうな目つきの男が私の方へ向かってくるのが見える。


 もちろん、彼はコネ入社君である。


 そして、白羽の矢が立つが如く、私の隣の席に座った。


 どうして隣の席なのよ!


「……」

「……」


 しかも、何の挨拶もない。まるで私のことなど見えていないように……。

 ちょっとは何か喋りなさいよ!

 逆に気まずいじゃない!


「……あら、久し振りね、コネ入社君」


 沈黙に耐え切れず、結局私から声をかけた。


「……どうも、久し振りですね……同期さん」

「そういえば最近、入界側で大きな事件を起こしたそうじゃない?」


 私の頭の中には、先日の『デュラハン事件』のことしか話題にすることが浮かばなかった。それだけ、あれは強烈な事件だったのだ。


「……あぁ、デュラハン事件のことでしょうか?」

「今回はそれの事情聴取で来たのかしら?」

「違いますけど……」

「なぁんだ、残念ね……」

「……出界側は化け物の相手をする苦労を知らないんですよ」


 私は彼が好きであることを隠したくて、ついつい高圧的な態度をとってしまう。

 ホントは、彼のことがすごく心配だったくせに……。


「そのままデュラハンの餌になってしまえば良かったのに」


 私の口からは、こんな言葉しか出ない。

 違う。

 ホントはこんなことを言いたいんじゃない。

『大丈夫だった? 心配してたのよ?』とか、『生きていて良かった。もうあんな無茶はしないで……』とか、寄り添う言葉を伝えたいのに……。

 最近まで彼のことを格下に見ていた罰だろうか。プライドが邪魔して、ホントの気持ちを言い出せない。


 私は自分の手元を見た。自分の手のすぐ近くに彼の手がある。手を少し動かせば触れ合いそうな距離……。

 彼の手に触れたい。彼が生きているということを確かめたい。

 そんな衝動が心の奥底で沸き起こっていた。

 好きな相手とスキンシップを取りたいという人間的な本能だろうか。

 私は彼に気づかれないよう、ゆっくりと手を伸ばす。


「……」


 もう少しで……触れられる。


 そのとき、


「よぉ、お前ら、朝早くからご苦労だな」


 突然声をかけられ、私はビクッと反応してしまう。顔を上げると、白峰先輩がいた。

 先輩と私の目と目が合う。

 その瞬間、あのときの会話が私の脳裏にフラッシュバックした。


『お前、アイツのことが……好きなんだろ?』


 うわぁぁっ! もう!


 あの言葉を聞いたときの衝撃が私の体を駆け巡る。私はじっとしていられず、赤面してその場に立った。


「お、おはようございます! 今日もよろしくお願いします!」


 私は隣に座るコネ入社君の何倍もの声量で挨拶をした。多分、声は裏返っていたと思う。


 結局、この会議ではコネ入社君と特に進展はなく、会議もレジュメどおりに進んでいったのだ。


     * * *


 このとき、私は知らなかった。

 コネ入社君には同居している可愛い彼女がすでにいることを……。


 私の高圧的な態度が、彼をどんどん遠ざけてしまったのだ。


 そして、この数ヵ月後。

 私はロゼットという恋敵と出会うことになるのだった。

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