15人目 新社員の声の審査

 意見交換会が終わってから数日後のことである。

 私は上司に呼び出された。最初はまた自分が失敗でもしたのかと思ったが、どうも違うらしい。


「今度、この施設で新卒向けにインターンシップを開くことになった。来年卒業する大学生がここを見学する。そのパンフレットには新人の働きぶりを伝えるために『新社員の声』というコラムを設けるらしい。是非そこに君を載せたいのだが、どうかね?」


 そんな話を上司から貰った。


「はい。大丈夫です。やらせてください」

「おお、そうか助かったよ。それじゃあ、仕事の感想なんかを紹介するための原稿を用意しておいてくれ。詳しい内容は近いうちに広報の担当者が説明してくれるはずだ」

「分かりました」

「それと……」

「それと?」

「そのパンフレットに載せる写真の撮影会があるんだ。その日時も伝えておくから、良い写真を撮っておいてくれ」

「分かりました」


 その撮影会でコネ入社君と再会することになるとは、このときの私には予測できなかった。

 だって、あんなヤツをパンフレットに載せて全国的に紹介するようなことがあったら、この施設は終わりだよ……?

 いくらなんでも、この施設の汚点とも言える存在をパンフレットに載せるようなことはしないでしょう?


     * * *


「失礼します」


 撮影会当日、私は上司から伝えられた日時に撮影場所である会議室へ向かった。室内には撮影用の機材が並べられ、広報の担当者とカメラマンがそれらの整備をしている。


「あぁ、出界審査官の方ですね? 機材の準備が整うまでそこにお待ちください」

「はい」


 私は『出界審査官』という札が置かれている席についた。周囲の席を見渡すと、そこには『入界審査官』という札もある。

 え……この、撮影会……出界部門と入界部門が合同で行われるの?

 初耳なんだけど……。


 は来るかなぁ。顔を合わせたくないなぁ。あの先輩は施設の中でも精鋭だし、撮影会に出席する可能性が高いけど……。


 ……ま、まあ、コネ入社君は来ないでしょ。さすがに。

 だって、あんなヤツをパンフレットに載せたらこの施設のイメージダウンよ。


 ……でも、


 ちょっとだけ、コネ入社君には会いたい気がする……。

 だって、私の好きな人だから……。


 そんなことを考えていたそのとき、


「……失礼します」


 聞き覚えのある声がして、私はそこへ振り向く。私はそこにいた人物を見て、目を丸くする。


 ……何でアンタが参加するのよ!


 そこにはコネ入社君がいた。相変わらずのダルそうな表情で周囲をキョロキョロと見渡している。


 ……もしかして『彼に会いたい』という自分の願いが通じてしまったのだろうか。

 本当に撮影会に参加するのならば、それはそれで問題だ。この施設の汚点を全国に晒してしまうことになる。

 私は複雑な心境で彼の動きを観察する。


 彼は私の隣に自分の席を見つけると、こちらへ寄ってきた。


「……まさか、コネ入社君も撮影会に参加するわけ?」


 特に何の挨拶もなく、私は彼に尋ねた。


「そうですけど……」


 どうやら本当に撮影会に参加するらしい。

 ……この企画の担当者は何を考えて、彼を被写体に選んだのだろうか……。


「アンタなんかをパンフレットに載せたら、この施設のイメージダウンよ!」

「……使える新人が僕以外にいないらしいです」

「はぁ!? 入界審査官ってそんなに人材不足なの?」

「出界側は化け物を相手にする苦労を知らないんですよ」


 入界審査官は異世界の魔物に恐怖して辞職する者が多いと聞いている。その結果、皆の模範とはならないような彼しか紹介する新人がいないという悲惨な事態になっているらしい。


 でも……、

 彼の顔を見れて嬉しい……。

 そんな気持ちを抑えながら、私は通常通りにツンツンした感じで彼へと接する。


 こんな私の態度が、彼を自分から遠ざけているのは分かっている。

 でも、急に彼へ優しい顔をするのは、不自然に思われるだろう。

 私は自分で作った蟻地獄から抜け出せずにいたのだ。


     * * *


 その数分後、パンフレットに顔を載せるメンバーが揃った。機材の準備も整い、写真撮影は開始されたのだ。

 まず出界審査官から撮影するらしい。カメラマンは私に指示し、手にカメラを構えた。


「では、この位置にお願いします」

「はい。分かりました」

「笑顔でお願いします。では、撮りますよ」


 パシャッ!


 フラッシュが焚かれる。


「はい。いいですね。もう一枚いただきましょうか」


 パシャッ!


「もう大丈夫ですよ。撮影お疲れ様でした」


 こうして私が撮影する番は終了した。


「それでは、入界審査官の皆様、お待たせしました。順番にセットの中央へお立ちください。もう出界審査官の皆様は通常業務に戻っていただいても大丈夫ですよ」


 出界審査官全員の撮影が終了し、私はこの場を離れていいことになった。

 しかし、私にはこの後の予定がない。会議室の時計は夕方の6時くらいを指している。撮影会が終わったらそのまま帰宅して夕食でもとろうかと考えていた。


 どうしようか……。このまま帰宅しようかな……。

 でも……何か、帰りたくない……。


 この場に残っていれば『コネ入社君と何か発展があるのではないか』という、淡い期待というか、童貞みたいな妄想というか、ムッツリスケベみたいなことを考えていたのだ。


     * * *


 そして、接触するチャンスはやってきた。


「あの、笑顔でお願いします」


 コネ入社君が撮影される番となる。彼は撮影セットの中央に立って笑顔を作ろうとしているが、やはり研修施設のときのように全く笑顔になれていない。


「それ、歯を見せてるだけですね。もっと口角を上げて……」

「……」

「口角が全く上がってませんよ?」

「そんなこと言われましても……」


 目に余る彼の様子に、私はため息をつく。『好き』という感情を忘れ、呆れてしまった。

 ほんと、彼は笑顔を作れない男だ。どうして、私はこんな男を好きになっているのだろう……。

 私は彼に歩み寄り、彼の頬を指で押さえる。

 そのとき、彼の頭髪からシャンプーの香りがした。


「ほんと! どこまでも手がかかるんだから!」

「ふぇ……」


 彼の口角を上げるように押さえてみたのだが、それでもうまくいかない。


「でも、汚い笑顔よね……真剣な表情で撮影した方がいいかも」


 私の提案にカメラマンも賛成し、コネ入社君はそうした表情で撮影することになったのだが……、


「全然キリッとしてませんね。なんか、だらけているように見えます」

「……」

「違いますね。引きつった顔になってますよ?」

「そんなこと言われましても……」


 結局ダメだった。その様子に、私は再びため息をつく。


「もうダメね、コネ入社君は……」


 でも、この手のかかる感じが、私に『彼が好き』という感情を植えつけているのだと思う。

 彼を放っておけない……。

 こんな人を好きになる私は、きっとダメな男に引っかかりやすいんだろうな……。

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