13人目 混乱する頭の審査

「ほら、ここに入院してるんだよ」


 先輩に連れて来られたのは、ゲート施設内にある医療エリアだった。医療スタッフが常駐し、ゲート周辺で何かが起こっても対応できるようになっている。


「この部屋には入院している」

「ここ……ですか?」


 私は先輩が指す病室の名札を見た。確かに、コネ入社君の名前が記入されている。


「もう意識は回復して、退院の準備は整えているはずだ」

「え!? もう退院できるんですか!?」

「そうだよ」


 私は先輩の言葉が信じられず、少しだけ病室の扉を開けた。室内を覗くと、男性がパジャマを脱いでいるのが見えた。


 ダルそうな目つき、パッとしない表情……。


 彼は確かにコネ入社君だ。


「え……?」


 どうして?

 あのとき、彼は確かに死体袋に入れられていたはずだ。

 それなのに、なぜ生きているのだろう?

 警備隊員が『彼は死亡している』と判断ミスをしたのだろうか。

 そんなこと、ありえるのだろうか?


 現在、彼は私が見ていることに気づいていない。私は彼の動きを観察しながら、どうして彼は生きているのかを考えていた。

 しかし、私の考えを遮るように、先輩が私の肩へ手を置いてくる。


「アイツのことが気になるなら、声をかければいいのに……」

「え! そ、それは別にいいです……」


 私は咄嗟に病室の扉から離れ、職場へ引き返そうとした。


「お、おい! もう行っちゃうのかよ?」

「か、彼が生きていることを確認できたので、もう満足です」

「お前、本当にそれでいいのかよ……」

「……どういう意味です?」


 そして次の瞬間、白峰先輩はとんでもないことを言ったのだ。


「お前、アイツのことが……好きなんだろ?」

「……は?」


 私は先輩の言っていることが分からず、一瞬フリーズしてしまう。


 私がコネ入社君のことが好き?


 何を言ってるんだ、この先輩は……。

 私が、あんな人間を好きになるわけがない。だって、彼はいつもダルそうな表情をしてるし、第一印象も最悪だった。その後も仕事でトラブルを何度も起こすし、プライベートでの言動にもひやひやさせられる。

 この前の合コンだって、特に仲良くもない私に好意を見せるし……。自分が嫌われてると知ってて、私のことを選んできた。

 ほんと、あのときは……。

 ……。


 あのとき、私は……そこまで嫌悪感を抱かなかった気がする。

 嫌いな相手のはずなのに……。


「……お前、今、アイツのことを考えて、心臓がバクバクしてるだろ?」


 目の前に先輩がいることも忘れて、私はあのときのことを考えてしまう。先輩の言うとおり、私の心拍数は上がっていた。

 顔が熱い。


「さっき私の部屋でさ、お前は上司である私に向かってすごい剣幕で迫って来た。それに、感情高ぶって泣いてただろ? それを見て確信したんだ。『この子は、それだけアイツのことが好きなんだ』ってさ」


「な……」


 私は何も言い返せなかった。

 何か反論しないと、自分は彼が好きであると認めてしまうことになる。


 しかし、うまい言い訳が見つからない。


「お前、手のかかる男がタイプだろ?」

「……そ、そんなこと……」

「告白するなら早めにした方が良いぞ? もうアイツには……」

「か、彼のことなんて、好きじゃありません!」


 今の私には、こんな簡単な言葉での否定しかできなかった。

 私は恥ずかしさに耐え切れず、自分の職場に向かって走り出した。


「お、おい!」


 先輩が私を止めようと声をかけたが、私は速度を落とすことなく走り続けた。


     * * *


「……ただいま」


 その日、私は帰宅すると、昨日と同じように寝室のベッドに直行した。そして昨日と同じ位置に体を伏し、今日の出来事を振り返る。


「……どうして、こんなことになっちゃったんだろ……?」


 私がコネ入社君のことを好きになってる?

 嘘だ。

 ありえない。


 私はベッドの近くにあるランプに手探りでスイッチを入れた。オレンジ色の優しい光が部屋をぼんやりと照らす。


「……お腹空いた……」


 事件の一部始終を見てしまったショックで、私は昨日から軽いものしか食していなかった。でも今はコネ入社君が無事だったことで少しだけ不安が取り除かれ、食欲が戻りつつある。

 しかし、心のモヤモヤは完全に晴れていない。自炊するのが面倒くさく感じる。


「……今日はカップラーメンでいいや」


 私はゆっくりと全身に力を入れ、ベッドから立ち上がろうとした。

 そのとき、


「……」


 私は伏していたベッドが少し汚れているのに気づいた。水滴を零したような跡がある。


「……そうだった。昨日、ここで泣いたんだっけ……」


 それはベッドに零れた涙の跡だった。


「……あのときは久し振りに泣いたよね……」


 感動的なストーリーの恋愛映画を見ても泣くことの少ない私だったが、昨日はずっと泣いていたと思う。

 本当に嫌いな相手ならば、泣くことはなかっただろう。

 先輩の言うとおり、彼の死でここまで感情的になるということは、彼は私にとって大きな存在なのかもしれない。


「……私……ほんとうにコネ入社君のことが好きなのかなぁ……」


 自分の恋人だった人間を振り返ると、才能や学歴を自慢する男ばかりだった気がする。そうした部分が嫌で振ってきたのだが、コネ入社君は違う。アイツは自己アピールをそんなにしてこない。それでいて、どこか放っておけない。

 そんな彼の特徴を、私は好きになってしまっているのだろうか。

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