12人目 隠された死の審査
デュラハンと呼ばれる自走型の鎧が審査ゲートを破壊した日の深夜のこと。
「……ただいま」
私はフラフラと歩いて帰宅した。電気もつけずに寝室へ直行し、ベッドに顔を伏した。
お腹は空いてるのに、何も食べたくない……。
体を洗いたいのに、浴室にも行きたくない……。
眠りたいのに、眠くならない……。
私は気力を失い、何もかもが面倒くさくなっていた。心のもやもやのせいで、気持ちが静まらない。
コネ入社君……。
死んじゃった……。
どうしてなのよ……。
そのことが私の頭から離れない。
「うっ……うっ……」
涙が溢れてくる。
部門は違うとはいえ、コネ入社君は一緒に働いてきた同僚だ。やはり死んだとなると悲しい。
こんなことになるんだったら、もっと優しく接しておくべきだったと思う。『コネ入社君』なんてあだ名で呼んだことが後悔となって自分に圧し掛かる。
でも、もう遅い。
その日、私は夕食をとったり、シャワーも浴びたりせずに、そのまま気を失うようにベッドで眠ってしまった。
* * *
翌日、私は職場に出勤した。
自分が担当するゲートに行く前、2番入界審査ゲートの様子を見ると、昨日の出来事がなかったかのように修復されていた。
「あの……」
私はそのカウンターに近づく。
昨日の出来事は夢で、コネ入社君も無事かもしれないという妄想を頭の中に描きながら……。
「……どうした?」
「……」
2番ゲートを担当していたのは、彼ではない別の審査官だった。
「あ、あの……この審査ゲート、昨日破壊されてませんでしたか?」
「あぁ、昨日の深夜には修復完了したよ。この施設の技術部も仕事が早いよねぇ。まぁ、ユニット式だから交換するだけで修理できるんだけどさ」
そこに座る彼はニコニコしながら私に修復の状況を説明した。
やはり、あの出来事は現実だったらしい。私は妄想から引き戻された。
「……そ、それで……昨日、このゲートを担当していた審査官はどうなったんですか?」
「いや、それは私も知らないなぁ。『死んだんじゃないか』っていう噂もあったけど、上司は否定してるし……」
「上司が否定……ですか?」
どういうこと?
確かに、コネ入社君は死んだはずだ。この目で見たのだから間違いない。
「あぁ。今朝、チーフに尋ねたら『大丈夫だ。死者は出ていない』って返答されたんだよ。不思議だよなぁ、審査カウンターが木っ端微塵になったっていうのに死者が1人も出ていないなんてさ……」
入界審査官のチーフ、つまり彼と同じゼミに属していたという白峰先輩だ。
彼女が死亡を否定した?
……どうして?
……まさか、隠蔽工作?
施設の責任問題やイメージダウンを避けるために、死者がいなかったことにしているのだろうか?
「そう……ですか。お話、ありがとうございます」
「君、新人だろ? 審査頑張ってね」
「はい……」
私は踵を返して歩き出した。向かう先は、もちろん入界審査官のチーフ、白峰先輩のところである。
* * *
「白峰先輩! 失礼します!」
私は勢いよく扉を開け、彼女が仕事をしている部屋に乗り込む。
「ぶはぁ! あつっ! あつっ! な、何だ、びっくりしたなぁ……もう……」
彼女は今回の事件に関する書類を整理しながらコーヒーを飲んでいたらしい。私の登場に驚き、コーヒーを噴き出して口元が汚れていた。
しかし、私はそんなことを気にせず、聞きたかったことを質問する。
「あの! コネ入社君はどうなったんですか!?」
「あぁ……そのことかぁ」
「あの鎧が出たとき、彼はその場にいたはずです! どうなったんです!?」
「別に……大丈夫だよ」
彼女はさらっと返答した。
しかし、私はそんな彼女の態度に苛立ち、声を張り上げてしまう。
「何が『大丈夫』なんです!? 上司としての責任問題のことですか!? 死亡者が出ると責任が自分に降って来ますからね!」
「ちょ……何言って……?」
「コネ入社君の死亡を隠して、責任問題を回避しようとしているのは分かってるんです! 私はこの目でちゃんと見たんです! コネ入社君が死体袋に詰められてどこかへ運ばれていくところを!」
「えぇ……?」
「先輩、最低ですっ! いくらなんでも酷いと思います! 確かに、彼はトラブルメーカーで、施設への苦情も彼に関するものが多かったかもしれません! この施設の汚点でした!」
「お、お前……酷いこと言うなぁ……」
「でも、彼だってこの施設のために一生懸命働いていたはずです! だから、彼の死を隠さないでください! 彼がこの施設で働いていたという証を、消し去ろうとしないでください!」
このとき、私の頬に温かいものが流れていく感触があった。
涙だ。
私はコネ入社君のことを思い出しながら、泣いていたのだ。
そのとき、
「……あのときの様子を見られたんじゃ、仕方ないよな……」
先輩はそう言いながら、椅子から立ち上がる。そして、ゆっくりと私に近づいてきた。
「な、何ですか?」
「お前、見ちゃったんだな? アイツが死体袋に入れられるところを……」
しまった!
これは、私も消されるパターンだ!
感情に任せて行動してしまったのが裏目に……。
そう考えた私は、彼女から距離を取ろうとした。しかし、恐怖で体が震え、思うように行動できない。
「……い……いや」
「ほら、お前もアイツのところに連れてってやるよ」
アイツのところ……?
これは間違いなく、あの世のことを指している。
やはり、この先輩は私のことを殺す気なのだ。
「わ、私を殺したいなら、さっさと殺せばいいじゃない!」
「えぇ……?」
言葉の威勢とは逆に、私の体は縮こまっていた。後退しようとするも、自分の足に躓いて尻餅をついてしまう。それと同時に、自分の下腹部に温かいものが触れる感覚があった。私は、このとき生まれて初めて失禁というものを経験したのだ。
「お、おい……お前……」
「いやぁっ! 触らないで!」
そして、先輩の手が私に伸びてくる。
私を絞殺するつもりなのだろう。
ごめんね、コネ入社君……。
私、あなたの身に起きた真実を周囲に伝えることができなかった……。
私は目を瞑り、殺される瞬間を待った。
しかし、
「……?」
いつまで待っても、私は苦しみを感じない。感じるのは、下腹部の不快感と、指先の温もりだけ。
不思議に思って目を開けると、先輩は私の手を握っていた。
「ほら、アイツが入院している施設に連れて行ってやるから……」
「……ふぇ?」
「……その前に、お前は着替えないと……それと、ここも拭いていかないと……」
床と私の衣服は、自分の尿でびちゃびちゃになっていたのだ。
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