43人目 静かな怒りの審査

 ロゼットから聞いた話を、魔王たちは次のように話した。


     * * *


 あの日、異世界に戻ったロゼットは、無事に実家へ辿り着いた。

 彼女は父に自分の思いを伝えようとしたという。


 しかし、間もなく、その実家に、父が決めた結婚相手が現れたらしい。

 ロゼットは彼を拒否したが、聞き入れてもらえなかった。


 一方、結婚相手はロゼットを一目見て気に入った。

 その晩、彼はロゼットの寝室に侵入し、眠る彼女を襲ったらしい。

 暗い部屋の中で、彼はロゼットを強引に押さえつけ、犯した。食事に薬が盛られていたらしく、抵抗することができなかったという。

 そして、満足した婚約相手は、自室に戻るためランプを点けた。


 そのとき、


「何だ、その胸の禍々しい火傷は……!」


 その幾何学的な模様を持つヘル・ショックの火傷痕。

 ロゼットはそれを見られたのだ。


 彼はその火傷痕を見て不気味に思い、婚約を破棄した。


 そして、彼女のことを密かに見世物小屋へ売ったのだ。


 翌朝、ロゼットは見世物小屋の従業員に連行され、檻の中へ入れられた。

 美人で若い女性ということもあり、特殊性癖の見物客や従業員に何度も強姦されたという。

 彼らの性的な要望に従えない場合、拳や鞭で痛めつけられた。

 そんな地獄のような日々が1週間以上続く。


 ロゼットは長い時間をかけて監視の隙を見つけ出し、どうにか見世物小屋から脱出した。

 そして、従業員を撒くために森の中へ入った。

 それにより、どうにか追っ手を撒くことはできた。


 しかし、今度は森に生息する魔物に襲われるようになる。

 爪や牙が彼女の肌を裂いていく。

 それでも、彼女は必死に逃げ延び、森の中を進んだ。

 空腹はよく分からないキノコや植物を食べてごまかした。

 体に痺れや倦怠感、吐き気が出てきたが、それでもロゼットは歩き続けた。


 なぜなら、もう一度、恋人である僕に会いたかったから。


 そして歩き続けて1週間後、ロゼットは2番ゲートへ辿り着いたのだ。


     * * *


「……こういうことがあったらしいわ」


 ルーシーはロゼットから聞いたことを全て話してくれた。


「……」


 僕は何も言えなかった。

 その婚約相手や見世物小屋の従業員に対する怒りが湧き上がり、拳を強く握る。

 僕の大切な恋人がそんな連中に犯されたと思うと、怒りが静まらない。


 それと同時に、彼女を異世界に戻らせてしまった自分の後悔も強くなる。

 あのときの自分の判断が、彼女に地獄のような体験をさせてしまった、と。


「……アンタもそんな顔するのね」


 ルーシーが僕を見て言った。


「え……」

「怒りと、悲しみと、憎しみが混ざった、そんな顔よ」

「……」

「それだけ、彼女のことを愛してるのね」

「……はい」

「彼女さぁ、見知らぬ男に汚されて『審査官さんに嫌われちゃう』なんて呟いてたけど、そんな心配はなさそうね」

「僕は、それでも彼女が好きです」

「ふぅん……あの子も、いい男を好きになったわねぇ……」


 ルーシーは僕の瞳を覗き込む。


「前から無愛想な男だと思ってたけどさぁ、アンタ、意外と情が深いのね」

「それはこちらの台詞です。ルーシーさんはロゼットにどうしてそこまで肩入れするのですか?」


 ルーシーは違法風俗の展開未遂や、魔王へのクーデターを行った人物だ。

 僕は彼女のことを冷血な魔族だと思っていたが、どうしてロゼットにここまで関わってくるのだろう……?


「何かねぇ……彼女、昔の私に似てるのよ」

「昔のあなた……ですか?」

「昔の私もね、魔法は得意じゃなくて生活に苦労してたのよ。サキュバス同士の生気獲得争いに負けてた」

「そうですか……」


 ロゼットも昔は魔法学校で成績が良くなかったはずだ。友達も少なく、周囲から孤立していたような話は聞いている。


「だから、こっちの世界に違法風俗で生気を獲得しようと来たのよ。他のサキュバスと縄張りを別にするためにね」

「こっちの世界に来たのは、そういう経緯だったんですね……」

「あのときは自分の弱さを隠すのに必死だったから……無理に笑顔なんか作って、バカみたいよね、私……」


 僕の脳裏に、彼女と初めて出会ったときの様子が浮かんだ。

 あのときの妖艶な表情の裏には、微かな希望にすがるような必死さが隠されていたのだろうか……?


「でもね、私は入界を拒否された」

「まぁ……規定ですから」

「向こうの世界に戻っても、強い魔族に虐げられて辛い日々が続いたわ。

 生気を奪えないから、魔力を養えない。

 だから、さらに力が弱くなる。

 力が弱いから、もっと低ランクの魔族にも虐げられる。


 そうやって、私は負の連鎖の中に縛りつけられたの。


 だから……自身を強化する闇魔術に手を出した。

 失敗して死ぬリスクもあったけど、そこまで追い込まれていたのよ、私は。


 それから、私は自分の能力を誇示するため、クーデターを起こして魔王になったの。自分を虐げてきた魔族に復讐して、自分を認めてもらうためにね」


「魔王になったのはそういう理由があったんですね」


「でもね、虐げられている時期に、

 誰かが私に優しくしてくれたら……、

 誰かが私の居場所を作ってくれたら……、

 クーデターなんてことはしなかったかもね」


 ルーシーは待合室の窓の外を見つめた。そこには寄り添う番いのスズメが止まっている。


「ロゼットも、男たちに虐げられて辛かったと思うの」

「……」

「……でも、彼女はその苦しさを自分の中に隠してる」

「はい……」

「だからね……あの子も私みたいに思い詰めちゃう前に、アンタが優しく接してあげてね」

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