21人目 インターンの審査

 出来上がったパンフレットを先輩からもらった。

 結局、写真を笑顔へうまく加工できず、僕に似た俳優をパンフレットに使ったらしい。


 そこまでして僕を載せたいのか……?


 パンフレットに写る、爽やかな僕の偽者を見て、僕は困惑した。


 それにしても、写真加工を使っても笑わせることができない僕の顔って、一体どうなっているんだ……?


     * * *


 そしてインターンシップは当日を迎えた。

 広い会議室に就職活動中の大学生が集まる。

 僕と先輩、同期さんは会場の隅で彼らの様子を見ていた。


「先輩、希望者がけっこういますね……」

「全員で37人いるらしい。インターンシップは1週間かけて行われる。この中から数人ずつでグループ分けしていろいろな業務を体験していくコースになっているから、お前もちゃんとコースを頭に入れておけよ」


 広報の職員が彼らにパンフレットを配った。学生たちはそれをじっくり眺め、友達と感想を言い合っている。


 そのとき、女子学生の会話が聞こえてきた。彼らは友人同士で参加したらしい。僕らを指差して話している。


「ねぇ、あの先輩カッコよくない?」

「あの女の人でしょ? パンフレットの写真もキリっとしてて決まってるよね。おまけに巨乳だし」


 おそらく先輩のことを言っているのだろう。


「こっちの女性新入社員の人、可愛いよね~」

「うーん、でも営業スマイルが決まりすぎているっていうか、ちょっと闇が深そう」


 これは多分、同期さんのことだ。


「……で、男の新入社員が、その隣にいるあの人よね?」

「なんか……全然、写真と雰囲気が違うんだけど……すごくダルそうな顔してるし……」

「ヤバイうける! え、もしかして別人を写真に使ってたりして……」

「まさか、そんなことあるわけないじゃん」


 あるんだよ、これが。

 多分、彼女たちは僕のことを言っている。


 僕は彼女たちと視線を合わせないように会場全体を見渡す。

 そのとき、


「ねぇ、コネ入社君……」


 同期さんが話しかけてきた。


「私って……闇、深そうに見えるのかな……?」


 震え声で聞いてきた。涙目になっているようにも見える。

 どうやら女子学生の会話が聞こえていたらしい。彼女はプライドが無駄に高い人間なだけに、評価を気にする性格のようだ。


 学生からの評価なんて気にしたってしょうがないじゃないか……。


「ねぇ、正直に、どう思ってるの?」

「大丈夫ですよ。同期さんは可愛いです」

「ほんとに……?」

「……」


 社交辞令で答えたつもりだったが、ここで僕が持つ彼女へのイメージを教えておくのも、今後の関係を良好に保つために必要かもしれない。

 僕は彼女の質問に対し、正直に答えることに決めた。


「同期さんのこと、正直に言うと……」

「うん……」

「……かなりヤバイと思います。手帳とか乱暴な字で書き殴ってそうなイメージがありますね」

「うん……」

「それに、部署も性格も全然違う僕なんかをライバル視してるあたりが、強欲と嫉妬深さを感じます。他人からの評価もそうやって気にするあたりも、承認欲求が漏れ出しているように思いますね」

「そうなんだ……」


 彼女は俯いて床を見ていた。声に泣きが入っているようにも感じる。

 僕は彼女へ、そっとハンカチを差し出す。自分から泣かしておいて、ハンカチを差し出すのもどうかと思うが。

 僕は視線を会場へ戻した。


     * * *


 そしてインターンシップの説明会が始まった。

 広報の女性職員が「本日はご参加、ありがとうございます」といった感じに挨拶する。そして7日間の日程を説明し、期間中の注意点を述べた。


 説明会は進み、職員の説明に移った。これから7日間共に生活していく職員に自己紹介させ、学生とコミュニケーションを図るのが目的らしい。

 先輩や同期さんが1分以上の長い自己紹介をしていくなか、僕は自己紹介を「よろしくお願いします」だけの10秒ほどの挨拶で終了した。学生たちは「自己紹介、短っ!」といった驚きの表情をしている。


     * * *


 長かった説明会もようやく終盤に差しかかる。


「それでは、これから希望部署ごとに分かれて説明を行います。出界部門に希望の参加者は指導員に従って別の会議室へ移ってください。入界部門に希望の参加者はこの場に残るよう、お願いします」


 広報の担当者が説明すると、学生たちはぞろぞろと部屋を出て行った。


 そして、この会議室に残った学生は4人。


 インターンシップ参加者は合計で37人。

 つまり、出界審査官の就職希望者は33人。

 入界審査官の就職希望者は4人。


 33人 対 4人


 入界審査官の圧倒的不人気さが分かる。

 どうやら先日の「デュラハン事件」のせいで、「入界審査官=危険な仕事」という認識が世間に伝わってしまったのが原因らしい。希望者の数が前年よりも酷い結果となり、後にこの出来事は職員の間で「デュラハンコールド」などと呼ばれるようになる。


     * * *


 その後、僕は参加者の女子学生の指導を担当することになった。


「じゃあ、よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします! 先輩!」


 人の名前を覚えることが苦手な僕は、彼女のことを「後輩ちゃん」と呼ぶことにした。

 大きな眼鏡をかけたショートヘアの女の子で、小柄な体格をしている。


「今日はこれから審査官の仕事場に入って、僕らの仕事を見てもらうから」

「は、はい! お願いします! 先輩!」


     * * *


 僕は彼女を連れ、2番ゲートに入った。

 後輩ちゃんに審査官の仕事ぶりを見てもらうのだ。


 インターンシップ期間中に変な入界者が来ないことを祈りながら……。


 早速、僕は席に座り、2番ゲートにかかっている通行止めの札をしまう。シャッターを上げると、すでにゲート内に入界希望者が待機していた。


「お、おはようございます!」


 後輩ちゃんは規定に従って入界者へ元気よく挨拶する。


「……え?」


 しかし、目の前の人物の存在に落胆し、僕は挨拶をできなかった。


 おいおい……。


 嘘だろ……。


「変な入界者が来ないでほしい」という僕の祈りは、仕事場見学1日目、しかも1人目で儚く消えてなくなった。


 待機していた入界希望者とは……


「おぅ! またあなたでぇすね! お久しぶりでぇす!」


「全ての元凶」にして、歩く猥褻物、ポナパルトだった。



【次回「22人目 淫乱メス豚の審査」に続く】

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