50人目 秘めた想いの審査

 それから数日間、僕は親戚や友人、職場仲間に結婚をする予定があることを伝えるために回った。


「おう、やっと決意したか! ロゼットを幸せにしてやれよ!」


 これは先輩からの返事。


 しかし、他の人は、


「ええっ、嘘! お前が結婚するとか意外!」

「入界者と結婚とか大丈夫なの!?」


 という反応が多かった。

 まあ、『僕』や『入界者との結婚』へのイメージなんてそんなもんだろう。

 気にしないことにした。

 とりあえず、お世話になっている人間には一通り報告したつもりだった。


 そんな中、の反応だけは少し特殊だったのを覚えている。


     * * *


 その日、僕は勤務を終え、職場を出ようとしていた。

 ゲート施設の玄関付近を通過しようとしていたとき、声を掛けられたのだ。


「……こ、コネ入社君、久し振りね」


 振り返ると、私服姿の同期さんが立っていた。


「あぁ、同期さんですか。お久し振りですね」

「う、うん……」

「どうしました?」

「その……ちょっと、あなたに色々話したいことがあるのだけれど……」

「何です?」

「ほら、施設前の植え込みに、脚を怪我した黒猫がいたじゃない?」

「あぁ、いましたね」


 数週間前、同期さんは施設前広場で怪我をした黒猫を発見したのだ。僕もその猫を確認したのを覚えている。

 あれから彼女は猫の面倒を見ていたようだったが……。


「あの猫、無事に飼い主のところへ戻ったから、その報告に……」

「そうでしたか……」

「うん……」

「意外と、同期さんも優しいところがありますよね」

「なっ……」


 顔を赤くする同期さん。


「……その、一応、それだけ報告したくて……」


 あれ?

 照れ隠しで何か返事をしてくるかと思ったが、スルーされた。

 どうしたんだろう?

 それに、言葉の矛盾もある。


「……さっき、同期さんは『色々話したいこと』と言ってましたけど……それだけなんですか?」

「そ、そうよ」

「そうですか……じゃあ、僕はこれで帰ります」


 僕は踵を返し、玄関を出ようとした。

 しかし、


「ああぁっ、やっぱり待って!」


 同期さんは僕の袖を引っ張り、引き止めてきた。


「何ですか? もう用はないんでしょう?」

「……その、コネ入社君……近々、その、アレするんでしょう?」

「は?」

「その……結婚……」

「はい。しますけど……」

「相手は、あの居酒屋で働いてた女の子?」

「そうですけど……」


 どうも同期さんの態度がおかしい。

 いつも僕に向かってハキハキと言葉責めをしてくる彼女だが、今はおどおどしている。


「もしかして、同期さんにも結婚を報告した方がよかったですか?」


 同期さんにはお世話になっていることも少ないし、彼女に結婚の報告をせずにいたのだ。おそらく彼女は同僚の会話の中で僕の結婚に関する情報を入手したのだろう。


「……そういうことじゃないの……」

「じゃあ、何なんです? 用件を早く述べてください」

「その……えっと……」

「もしかして、自分よりも先に結婚されて悔しいとか?」


 この一言がいけなかったらしい。


 次の瞬間、


 バチーン!


 僕の頬に、同期さんの平手打ちが命中したのだ。

 その音が、施設の玄関内部に響く。


「え……?」


 痛みよりも平手打ちされた驚きで、僕はその場に尻餅をついてしまう。

 同期さんへ視線を戻すと、彼女は今にも泣き出しそうな表情で体をわなわなと震わせていた。


「本当は、私……昔から……」

「はい」


「アンタのことが好きだったのよ!」


「えぇ……」


 彼女はそう叫ぶと、施設の外へ走り去っていた。僕に一度だけ振り向いたが、すぐに見えなくなってしまった。


 僕が周囲を見渡すと、施設の職員や入界者から注目を集めていた。平手打ちの音や女性の怒鳴り声が発せられたのだから当然だろう。


「お騒がせして、申し訳ありません……」


 僕は急いで立ち上がり、頭を下げた。そして、そそくさと施設を出て行く。

 後で施設関係者に呼び出されなければいいが……。


「痛い……」


 僕は歩きながらビンタされた頬をそっと触ってみた。まだ当たった箇所がジンジンと痛む。

 平手打ちをした彼女の手は、異様に熱かった気がする。おそらく、彼女の炎魔法が込められていたのだろう。


「……」


 好きな相手に『自分よりも先に結婚されて悔しい?』なんて聞かれたら、確かに腹が立つかもしれない。嫉妬や悲しみといった感情が心の中に渦巻くだろう。

 あの言葉は、軽率だったかな……。


「……同期さん、ごめんなさい」


 僕は住宅街で立ち止まり、呟いた。

 もちろん、その謝罪は彼女の耳へは届かない。


 彼女はプライドが高い人間だったので、今までそのプライドが僕への告白を邪魔していたのだろう。今までプライドが勝っていて、告白をできなかったに違いない。

 そんなことをしている間に、僕はロゼットと出会い、婚約までしてしまった。具体的にいつから好意を持っていたのかは不明だが、彼女の心は嫉妬や後悔でいっぱいだったのだろう。

 もし、ロゼットと親密になる前に告白してくれたら、恋人になっていたのかもしれないのに。彼女もプリーディオと同じく、僕が結婚する前に自分の想いを伝えておきたかったのかもしれない。


 でも、


 でもさ、


 こんな形で、彼女の想いは聞きたくなかった。


 だって、さっき一度振り向いたとき、涙を流して辛そうな顔をしてたから。

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