49人目 寡黙の理由の審査

 その日、僕らは実家に泊まることになった。

 僕の寝室だった部屋にロゼットを連れて行き、就寝の準備を整える。


「審査官さんはこの部屋で育ったんですか?」

「うん。そうだけど……」

「ここに審査官さんの思い出が詰まってるんですね!」

「まあ、そうなるかな……」


 ロゼットはあちこち見渡しながら、狭い寝室を探索する。


「……あれは『写真』という過去を写した紙ですね?」

「ああ……あれかぁ……」


 彼女が指差したのは部屋の壁に掛けてあるコルクボードだ。


「審査官さん? ちょっとあれを見てもいいですか?」

「いいけど……」


 ロゼットはコルクボードに近づいていく。そこには、僕と妹の写真が画鋲で固定されていた。


「この男の子が審査官さんですか?」

「うん……」

「審査官さん、かわいいです!」

「……」


 それは実家の手前で撮影された写真だった。僕と妹が横に並び、カメラに向かってVサインをしている。僕と妹は満面の笑みで写っていた。


「こちらの女の子が妹さんですか?」

「そうだよ」

「兄妹揃ってかわいいですね……」

「なんか……子どもの頃の話をされると……すごく恥ずかしい」

「この写真の審査官さん、とても楽しそうですね」


 ロゼットは別の写真に目を移していく。

 そこに貼られている写真たちは、撮られた時間順に並べられているはずだ。

 僕もロゼットの隣に立ち、そのコルクボードを眺めていた。


「……この写真から、審査官さんの笑顔が消えちゃいましたね……」

「うん……」


 それは、病院の手前で撮影された写真だった。

 その写真の特徴的なところは、僕の隣にいる妹が寝巻き姿で車椅子に腰かけていることだ。


 正直、あまり見たくない写真だった。

 この写真のときから、僕の人生は大きく変わった気がする……。


「あの話は、実話なんですね……」

「あの話って?」

「妹さんから聞いたんです。審査官さんは……」


 ロゼットは妹から聞いたという話を僕にしてくれた。


     * * *


 あの日、僕に任せられたのは簡単な留守番だった。


 僕の役目は、妹の面倒を見ながら適当に電話や客に対応する。

 それだけのはずだった。


 だけど、

 もう少しで、両親が帰ってくる頃、

 室内遊びに退屈した妹が、勝手に家を飛び出したのだ。


 タイヤがアスファルトに擦られる音が、家の中にまで響く。

 鈍い衝突音。


 僕が外に飛び出すと、妹がそこに倒れていた。


 気がついたら、僕は病院にいた。

 ベッドで眠っている妹の横で、両親からものすごく叱られたのを覚えている。


 そのときの出来事を教訓に、僕は与えられた仕事をキチンと行う人間になったと思う。

 かつて先輩やロゼットが言ったように、僕は仕事において最善の結果を求めるようになっていった。


 しかし、その一方でこの出来事は僕の心に深い傷を残した。

 僕は妹を傷つけてしまったという罪悪感を抱えながら、僕はそれからの時間を過ごすことになる。

 気分が沈み、笑顔を忘れ、僕は寡黙になっていった。


 そんな生活をしているうちに、『自分のことなんてどうでもいい』と、そう思うようになった。


 傷ついても、独りぼっちになっても、死んでもいいと思った。


 そんな僕に、ロゼットから『蘇生魔法』が付与された。

 このスキル付与も、門が僕に与えた『波乱』だと思う。


 本来ならば『デュラハン事件』のときに終わっていた僕の人生。

 以前の僕なら、そこで人生が終わってもいいと感じていただろう。


 でも、門はそれを許さなかったのだ。


 そのとき、門は僕に、

『もっと生きろ』ではなく、

『もっと生きて苦しめ』と言ったのだと思う。

 実際、人生が続いたことで、僕はさらに波乱に直面した。


 でも、その波乱の中で、僕はロゼットと仲を深めていった。


 あの日、『自分の命なんてどうでもいい』と考えている僕を彼女は心配してくれた。


 それから僕は『ロゼットと生きていたい』と、そう思うようになった。


     * * *


 深夜、僕とロゼットはベッドの上で身を重ねていた。

 子どもの頃から使用したベッド、そこから見える景色がいつもと違って見える。

 不思議な感覚だった。

 ずっと一人で使っていたベッドで、今は妻となる人物と寝ている。

 あの頃は、こんなことを絶対に想像しなかっただろう。


「好きです……審査官さん」

「僕も……ロゼットのことが好きだ」

「だから……いつか私にも……あの写真みたいに笑っているところを見せてくださいね?」

「うん……」


 僕らはベッドの中でお互いを優しく抱き寄せた。

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