48人目 婚約者と妹の審査
異世界人と結婚することは、いろいろとリスクがある。
文化・生活習慣の違いから家族関係に亀裂が生まれた、という報告をよく耳にする。新聞やテレビなどのメディアに取り上げられているのも目にした。
『姑が異世界人である妻の扱いが分からず、彼女を避けようとする』とか『夫が変なスキルで義父・義母を操る』とか、その内容は様々である。
同じ地球に住む外国人との結婚よりも大きな問題を抱えている、と言っても過言ではない。
そんな現実を踏まえて、僕の家族はロゼットとの結婚をどう思うのだろうか? いつも「早く恋人を作って結婚しなさい」と言ってくる家族だが、その恋人が異世界人ということは完全に予想外であるはずだ。
それに、最近、僕は家族と連絡を取っていない。家族からの連絡は無視してきた。
そういうことを含めて、僕とロゼットをどう思っているのか心配だった。
* * *
僕はロゼットを家族に紹介するため、彼女を連れて実家に戻った。
「……ただいま」
「お、おじゃまします!」
実家に到着した僕とロゼットを、母と妹が玄関で出迎える。
「あ、あら、いらっしゃい。ど、どうぞ奥に上がって」
「はい! ありがとうございます!」
母はロゼットを居間へ案内すると、すぐに僕の元へ戻ってきた。
「ちょ、ちょっと!」
「何だよ、母さん」
「相手が異世界人なんて聞いてないんだけど!」
「あれ、言わなかった?」
「聞いてないわよ!」
僕は意中の相手が異世界人であることを黙っていた。
もし、両親が異世界人との結婚を反対していた場合、電話などで連絡した時点で彼女と会うことを断ってくるだろう。彼女と実際に会ってもらうため、実際に会う直前まで黙っていたのだ。実家まで来てしまえば、「そのまま帰れ」とは言いにくいだろう。
「アンタは、恋人が異世界人だって知ってたの!?」
母は妹にも尋ねる。
「ウチは知ってたよ」
「何で言ってくれなかったのよ!」
「え、言わなかったっけ?」
妹は以前にもロゼットに会ったことがある。ロゼットが恋人であることも紹介したはずだが、妹はそれを家族に黙っていたらしい。
ただ、僕は妹に「このことを黙っていてくれ」と頼んだことはない。
一体、妹はどういう意図があって黙っていたのだろうか……?
* * *
客間のテーブルを囲むように座布団が並び、僕とロゼット、そして向かい合うように僕の家族が座る。
「それで……お前はその……ロゼットさんと結婚したいのか?」
父が緊張した顔で僕へ問い掛ける。
「はい。僕はロゼットを愛しています」
「そ、そうか……母さんは、どう思う?」
「えぇ……?」
唐突に意見を求められて戸惑う母。
「あの……ロゼットさんは、その、こっちの世界に住んでも大丈夫なの?」
「はい! 日本の文化はある程度勉強しました! 生活にも慣れてきました! 大丈夫です!」
「そ、そうなんだ……」
顔を見合わせる僕の両親。
「ちょっとさ、母さんと相談させてくれないか?」
「……分かった」
父と母は客間を出ていった。別室で相談しているらしい。
* * *
数分後、両親は客間に戻ってきた。
再び座布団に座り、僕たちの顔を覗く。
「あのね……正直、私たちはあんたの結婚相手が見つかってホッとしてるのよ」
母が口を開いた。
「え?」
「あんた、あれ以来、無表情になっちゃったからさ……友達も少ないし、女の子も愛想つかして逃げちゃうし、人間関係が心配だったのよ。『この子は将来どうなるんだろう?』って……」
「……そうなの?」
「そりゃまあ、結婚相手が異世界人っていうのはちょっと文化の軋轢とか不安が残るけど、それでも、お互い愛し合える人が見つかったのならお母さんたちは嬉しいわ……ねぇ、お父さんもそうでしょ?」
「そうだな……」
こうして、意外にも簡単にロゼットとの結婚は許可された。
このとき、僕は初めて自分に対する両親の気持ちを知ったと思う。
* * *
「ねぇ、ロゼットさん」
「は、はい?」
居間で寛ぐロゼットに、妹が話しかける。
「これからさぁ、ウチと風呂入らない?」
「え、お風呂……ですか?」
ロゼットは躊躇った。一緒に風呂に入るということは、ロゼットが持つ胸のヘル・ショックの火傷痕を見られるということだ。先日の見世物小屋に売られた事件のこともあり、彼女は裸になることに敏感になっていた。
「……あの、私には、その、体に火傷痕があって、気分を害するかもしれないので……」
ロゼットは断った。
しかし、
「ふぅん、なるほどねぇ。別に大丈夫だよ。ウチ、そんなの気にしないし」
「え、でも……」
「いいから、一緒に入ろう? ね?」
妹はロゼットの手を引っ張り、彼女を脱衣所へ連れて行く。
ロゼットよりも先に、妹が服を脱ぎ出した。
「あ、あの、本当に私……」
「じゃあさ、これ見てよ。ロゼットさん」
妹は自分の胸部をロゼットに見せる。
「あの……これは?」
「ウチさ、子どもの頃、事故に遭ってさ……それからずっとこの傷が残ってるんだよね」
妹の胸部には長さ10センチほどの大きな古傷があった。
「だからさ、ウチは火傷とか傷ぐらいで白い目で見ないって」
「……わ、分かりました」
* * *
ロゼットと妹は湯船に浸かりながら、自分の住んでいた家の文化について語り合っていた。
「へぇー。そっちの世界じゃ貴族の女の子は政略結婚に出されちゃうの?」
「はい。それが貴族間で伝統になっているんです」
「なるほどねぇー」
妹は天井を見つめながら考え事をする。
「あのさぁー、ロゼットさん」
「何でしょう?」
「我が家に伝わる昔話があるんだけどさ、興味ある?」
「家の秘密とか伝説のことですか? そういうのは私の家にもありました! お母さんが寝る前とかに子どもへ聞かせるやつですよね? 是非聞かせてください!」
「伝説とか、そこまですごい話じゃないんだけどさ……。
じゃあ、話すよ?
昔々、あるところに、仲の良い子どもの兄妹がいました。
彼らはいつも仲良しで、一緒に遊びます。
彼らの家には、いつも兄妹の笑い声が響いていました。
ある日、兄妹の両親は仕事でどこかへ出掛けてしまいます。
家には、その兄妹だけが残されました。
彼らはずっと家の中で遊んでいましたが、
妹はそれに退屈し、『外へ遊びに行こう』と言い出します。
兄は『留守番するように言われただろ』と言い返し、
妹を家の中に引き止めました。
しかし、妹は兄の忠告を聞かず、勝手に外へ飛び出してしまいます。
そして、妹は事故に遭い、大怪我をして意識を失いました。
妹は病院へ運ばれ、両親と兄も急いでそこへ向かいます。
妹が目を覚ますと、両親に叱られている兄の姿が見えました。
両親は『どうしてちゃんと面倒を見なかったの!』と兄を怒鳴りつけます。
妹はその様子を見て思いました。
『本当に悪いのは、兄の言いつけを守らなかった私なのに、
ごめんなさい、お兄ちゃん』と。
やがて妹の怪我は治り、家に戻りました。
また、兄と妹は一緒に遊ぶようになります。
しかし、そこに兄の笑顔はありませんでした。
兄は『妹の大怪我は僕のせいだ』と自分を責めていたのです。
それ以降、妹は兄が楽しそうにしている姿を見たことがありません。
やがて、兄は大人になりました。
兄は仕事を求めてあちこち訪ねますが、
笑わない彼をどこも受け入れようとはしません。
兄の恋人も、その無愛想な態度を嫌がり、彼から離れていきます。
そんな様子を見て、妹はあのときの行動を後悔しました。
『私の行動が、兄をあのようにしてしまったんだ』と……。
それから、ずっと妹は願っています。
兄の優しさに気づいて、彼の傍にいてくれるお嫁さんが現れてくれることを……。
まぁ、こんな話だよ」
「それって……」
「何でもないだたの昔話。特に深い意味はないよ」
「……はい」
妹は笑顔でロゼットを見つめるが、その目は笑っていなかった。
ロゼットは妹の古傷を再度確認する。
子供の頃にできた傷、無表情な兄。
それが、兄妹の過去を物語っていたのだ。
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