18人目 自惚れ邪神の審査
邪神教徒たちが逮捕された次の日も、僕はいつものように2番ゲートで入界者の審査を行っていた。
もうすぐ正午になろうとしていたときである。
ふと、門の方を見ると、黒いマントを羽織った中年の男が視界に入った。
その男の一番の特徴は、宙に浮いているところだ。胸の前で腕を組みながら、地上から30センチメートルあたりでふわふわと漂っている。
(うわぁ、また面倒くさそうなのが来たよ……)
僕はいつものように「頼むから2番ゲート以外に向かってくれ」と願うが、やはり2番ゲートへ向かってきた。二度あることは何度もあるのだ。
「……こんにちは」
「神の前で、頭が高いぞ! 無礼もいいところだな、若造!」
すでに面倒くさい。なんだこいつは。
彼はニヤニヤと自信満々の笑みを浮かべている。
「パスポートと滞在計画書を提示してください」
「ほら、これだ」
名前:ユーリッヒ
性別:男
種族:邪神
うわ、邪神だ……。
まさか直々にここへ来るとは……。
滞在計画書によると、彼の入界目的は「布教活動」らしい。
「あの、邪神とは具体的にどういう神様なんです?」
「人々を恐怖に陥れ、他の神を滅する存在だ!」
「……そうですか」
「……あの、我輩は神なのだが……貴様、あまり驚いてないのか?」
「ええ、まぁ……」
「……そうか」
「質問を変えます。この滞在計画書の『布教活動』とは何をするのです?」
「信者を獲得するために、我が力を愚民どもに見せつけるのだ! 本来はすでに信者となっている者にさせたいところなのだが、先日部下を送ってから連絡がなくてな。そいつらの捜索も込みで、神である我輩自ら出向いたのだ!」
「あなたの言う、見せつける予定の『力』とは何です?」
「神だけが使える魔力……かの伝説の……ダークフレイムだ!」
「……そうですか」
「……貴様、『ダークフレイム』と聞いてもあまり驚いてないようだな?」
「えぇ、まぁ……」
「……そうか」
そう言うと、邪神は手の上に火の玉を出現させた。
「どうだ! これが『ダークフレイム』だ!」
「ここ、火気厳禁なんですが……」
「……驚かないのか?」
「……どこに驚くポイントがありました?」
そのとき、スプリンクラーが作動し、邪神に冷水が降り注いだ。火災センサーがダークフレイムに反応したのだろう。冷水によって火の玉は消え、彼の衣装もずぶ濡れになる。
「何だ、この雨は? どうして室内なのに雨が降るのだ?」
「……」
そんな彼を横目に、パスポートをチェックしていく。材質や顔写真にも細工はなく、正式に発行されたもののようだ。
「おい……貴様」
「何です?」
「あの、我輩……浮いてるんだが?」
このゲートに入る前から、彼はずっと浮遊している状態だ。
「……それが?」
「いや、だからさ……もっと驚かないのかな? って」
「……別に」
「おかしいなぁ……村人とかはもっと驚いてくれたんだが……」
「向こうの世界がこうだから、こっちの世界もこうだ、とは限らないんですよ? 自分の中で勝手にこの世界の常識を作ってもらっては困ります」
「それはそうだが……というか、目を見て話してくれないか?」
「こっちは書類に怪しい部分がないか調べているんです」
「……そうか」
先程まで自信満々だった邪神の表情が消え、真顔になっていた。よくよく見ると、どこにでもいそうなサラリーマンみたいな顔をしている。
「……この世界の人間は『ダークフレイム』とか、浮いていることでは驚かないのか?」
「さぁ、分かりません。個人の感性によるのでは?」
「王族なんかは小便を漏らすほど震え上がっていたのだが……」
「だから言っているでしょう。向こうの世界の常識はこちらでは通用しないと。自分の身の回りの常識がどこにでも当てはまると思わないでください」
「お、おう……」
彼から受け取った書類に、不備は見当たらなかった。違法な持ち込みもない。
彼がこの世界で行おうとしている「布教活動」も、日本では認められている。憲法で「思想の自由」を認めているからだ。彼が公共の良俗に反する行動をしない限り、彼の入界は許可されることになる。今のところ、彼が良俗に反する行動をする確証もない。
一応、ブラックリストには記載されているが、入界を絶対に認めないというわけでもない。監視がついた状態ならば入界は許可される。
昨日来た教徒も「邪神教だから逮捕された」というわけではなく、不正に異世界へ滞在してパスポートを偽造したことで逮捕されているのだ。
「ところで、お前はどうやったら驚くのだ?」
「うーん、何でしょうね。最近、驚いた経験がありませんから……」
「……それも何か寂しい人生だな。なんか悲しくなってくるぞ」
邪神を悲しくさせた男はおそらく僕が初めてだろう。
「最後の質問をします。あなたはこちらの世界のブラックリストに記載されていて、監視がつかなければ入界できません。数人の監視がつきますが、それでも入界しますか?」
「布教活動ができないわけではないのだな?」
「そうですね……」
「なら構わん。我輩を入界させてくれ」
「分かりました。それではこちらのリストバンドを装着して過ごしてください」
僕はリストバンドを手渡した。発信機と脈拍監視装置を内蔵したタイプで、プリーディオにもつけられているものである。一度つければ、壊すか、解除コードを持つ人間に解除してもらうかしないと外すことができない。
僕は彼が装着するのを見届けると、ゲートを通過するための扉を開けた。
「さらばだ、若造」
彼は扉から出て行った。
そのとき、彼は僕を慈しむような目をしていた。
それにしても、「どうやったら驚くのか?」かぁ……。
最近、心の底から驚いた経験ってないよなぁ……。
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