35人目 破廉恥姉妹の審査

 ロゼットが実家へ戻った翌日のことである。


 僕はいつものように2番ゲートで審査を行っていた。

 すると、


「おい、何だあれは……?」


 2番ゲート手前に並ぶ審査待ちの入界者たちがザワザワし始める。どうやら、門の方向に何かあるらしい。

 僕も何事かと思い、そちらへ顔を向けた。


「えぇ……」


 そこには、巨大な乗用馬車が停まっていた。

 率いる馬は毛並みの良い白馬だ。人が乗る部分は、ゴシックな装飾が施されており、ゴージャスなイメージを抱かせる。


(うわ……馬車が来ちゃったよ……)


 騎馬隊がこの施設へ侵入したことはあるが、乗用馬車が入ってきたのは初めてだ。

 この事態に、警備隊も馬車の近くで立ち止まり、混乱している。


「……これ、どうすればいいんですか、隊長」

「とりあえず、攻撃意思がないか確認して、早々に去らせようか……」


 僕は思った。

 これはどこのバカ貴族の仕業なんだ……と。


 しかも、その馬車が停まっているのは、2番ゲートの前である。

 馬車の持ち主は確実に2番ゲートで審査を受けるつもりで停車しているのだ。

 どうして2番ゲートばかり変な入界者が来るのだろうか……。


 そして、中から人が降りてくる。

 それは見覚えのある人物で、二度と会いたくないと思っていた女性だった。

 彼女を見た瞬間、僕の表情が凍りつく。


「はぁい! 審査官さぁん! お久しぶりでぇす!」


 全ての元凶、ポナパルトだ。

 いつもは庶民的で冒険者風な衣装をしている彼女だったが、今回はなぜか白いウエディングドレスを身に纏っている。

 彼女は2番ゲートで審査待ちの他の入界者を押しのけ、僕に迫ってきた。


「相変わらずの無表情スタイルでぇすね! お元気でぇすか!」


 うるさいよ。

 こいつの「でぇす」という喋り方が腹立つ。


 僕らの様子を見ていた警備隊も困惑している。隊員の一人が僕に尋ねてきた。


「あの……こちらの方はお知り合いですか?」

「まぁ、そうですね……」

「お尻あいとは何でぇす? お尻同士をあわせる行為のことでぇすか?」

「違いますね……」

「と、とにかくですね、我々警備隊としては、この施設内からあの馬車を立ち去らせてほしいのです!」

「おぅ、仕方ないでぇす。門の向こうに置いてくるのでぇす」


     * * *


 数分後、ポナパルトは戻ってきた。


「で……今日は何の用で入界するんです?」

「今日の目的は入界じゃないのでぇす!」

「……は?」

「審査官さんとお見合いするためでぇす!」

「どういうことです?」


 意味が分からなかった。

 なんか、もう、また面倒なことになる予感がする。


「話が飛躍しすぎて理解が追いつかないのですが……」

「おぅ! 実はでぇすね、向こうの世界で、アタシ、婚期を逃してしまったのでぇす!」

「……そうですか」

「しかぁし、この国ではまだ十分アタシの年齢でも結婚はありえると聞いたのでぇす!」

「……そうですか」

「審査官さぁんはその丁度良い相手になると思ったのでぇす!」

「……やめてください。迷惑です」

「今日はアタシの妹も来ているのでぇす!」

「僕はお見合いを承諾してませんよ?」

「紹介するのでぇす! 我が妹、クララメイでぇす!」


 ポナパルトがそう叫ぶと、門から若い女性が入ってきた。先程の馬車の中で待機していたのだろう。ポナパルトと同じようにウエディングドレスを身に纏っている。彼女も2番ゲートに入り、ポナパルトの横へ並ぶ。


「よ、よろしく頼む」

「あの、お見合いってここでやるんですか?」

「いぇす! おふこーすでぇす! この国では、こうやってお見合いすることで将来の結婚相手を決めるらしいでぇす!」


 僕は頭を抱える。

 一体、この状況は何なんだ……?

 一体、こいつはどこから間違った情報を仕入れてくるんだ……?

 どうしてこの女はいつもぶっ飛んだことをするんだ?


「その……審査官?」

「何でしょう?」

「私を覚えているか?」


 ポナパルトの妹らしき人物が僕に尋ねてきた。

 誰だ、こいつは。

 僕は全く思い出せなかった。名前は確か「クララメイ」とか呼ばれていたな……。


「ダメですね。分かりません」

「ほら、この胸を見ても思い出しませぇんか?」


 ポナパルトはそう言うと、クララメイのドレスの胸部分を掴み下ろし、彼女の胸部を露出させた。


「きゃぁっ! あ、姉上! 何を!」

「どうでぇす? この胸を見た記憶があると思うのでぇす!」


 急いで胸を隠すクララメイ。

 ポナパルトは悪気がないように僕に尋ねてくる。


「うーん、胸を見せてきた入界者はけっこういましたからね。あなたのせいで」

「おぅ、そうでぇすね! アタシのせいで審査官さぁんは胸三昧だったのでぇす!」


 ドレスを直したクララメイが再び僕へ尋ねる。


「い、いい以前、私は騎士団長としてここの武力調査に来たことがある! 貴様の電撃魔法を食らって退散したがな!」

「は?」

「ほ、ほら、前回は鎧を着ていて、ここの警備隊が見たくて騒いだら貴様に電撃を……」

「あぁ、あの失禁の……」


 僕は思い出した。

 こいつは女騎士団長クララメイだ。以前彼女はここで暴れてヘル・ショックを食らったが、それでも立ち続けた。屈強な体の持ち主と記憶している。

 まさか、ポナパルトの妹だったとは……。


「我々姉妹は、すっかり婚期を逃してしまったのだ!」

「……そうですか」

「しかし! 家系から受け継いできたこの血だけは残したいのだ!」

「……そうですか」


 向こうの世界の婚期は、基本的に16~24歳と短い。それを過ぎると「この女性には難がある」というようなレッテルが貼られ、結婚に苦労するようになるという。


「だがな! そこらにいるようなただの男とこの血を混ぜるわけにはいかんのだ!」

「……はぁ」

「強い男! 我々姉妹はそれを求めている! 武術・魔法が優れている人物であれば大歓迎だ!」

「審査官さぁん、お願いでぇす! アタシと結婚してほしいのでぇす!」


 またとんでもないことを言っているよ、こいつらは。

 姉妹揃って、そういうところがそっくりだな。


「……で、どうしてそれが僕なんです?」

「以前、貴様は私に強力な雷魔法を食らわせた! あそこまで強い魔法は初めてだったぞ! そのとき思ったのだ、『将来、この男は我が夫になりうる』とな!」

「困ります」


 まさか、ヘル・ショックがきっかけでこの事態になっているとは……。

 今すぐ、彼女たちが持つ僕へのイメージを取り除かなければ。


「実は、あの電撃はですね……」


 僕は否定しようとした。

 そのとき、


「おぅ、クララメイ。あなた何を言っているのでぇすか?」


 ポナパルトが口を挟んできた。


「この男は雷魔法なんて使えないのでぇす!」

「は? 姉上、何を言って……」

「アタシの『鑑定スキル』がそう言っているのでぇす」

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