39人目 話の邪魔者の審査
次の日。
僕は深夜の担当だった。昼間に十分な睡眠をとり、夕方に施設へと向かう。
仕事は特にトラブルもなく、順調に進みそうだった。
* * *
そして、深夜2時頃。
僕は2番ゲートに座って、入界者を待っていた。人の気配はなく、施設内は静まり返っている。
さすがにこの時間では向こうの世界からも入界してくる人間は少ない。昼間は複数のゲートで同時に審査を行うが、この時間帯は他のゲートは閉められている。現在通行できるゲートは僕の担当する2番ゲートだけだ。
警備隊の人間もうろうろしているが、警戒すべき人物もいなくて退屈そうだ。門を見ながら、脚を屈伸させるなどのストレッチを行っている。
僕は椅子に寄りかかりながら門を眺めていた。
……かなり退屈だ。
面倒な入界者が来るのも嫌だが、ひたすら待つというのも辛い。
「おっす、仕事してるかぁ~?」
すると、審査官用の通行扉から2番ゲートに誰かが入ってくる。
「よぉ、ご苦労さん。こんなに人が来ないんじゃ退屈だろ?」
先輩だった。
両手にコーヒーの入ったマグカップを持っている。
「先輩も施設にいたんですか?」
「まぁ、深夜に突然何かあったら困るからな。こうやって常に2人以上は待機しなくちゃいけない規定になってる」
「……そうですか」
先輩はコーヒーをカウンターの上に置くと、2番ゲートに用意されている予備の椅子を取り出した。僕の傍に座り、コーヒーを飲み始めた。
「ほら、お前も飲め」
「……ありがとうございます」
先輩は僕にもう一つのマグカップを差し出す。
先輩は昔からコーヒーを淹れるのがうまい。いい香りがする。
「あぁ……おいしい」
「体が温まりますね」
「……なぁ、お前さぁ」
「どうしました、先輩?」
「プリーディオから……その……お前の能力のことは聞いたか?」
おそらく、昨日最後まで聞けなかった『デュラハン事件』のことだろう。
まさか、その秘密を先輩も共有しているのだろうか。
「……デュラハン事件のときのことですよね?」
「あぁ、やっぱり聞いてたか。昨日、プリーディオが『やっぱり話したい』って私に言ってきたものだから、大丈夫かなってさ」
「先輩も知ってたんですか? 僕の能力を」
「ああ、知ってたよ。まさか、あんなことになるなんて……」
あんなこと……?
僕の知らない間に、どんなことになってたって言うんだ……?
「あの……先輩?」
「え? 何?」
「実は、僕、全くその件について聞かされてないんですが……僕の能力って、結局何なんです?」
「ブハァっ! ゲボぉ! えぇっ! じゃあ何? 私の話に合わせてたの?」
先輩はコーヒーを吹き出し、目を丸くして僕を見た。
「いや……まだ『デュラハン事件のときのこと』としか聞いてないんです。プリーディオは話の途中で帰ってしまって……」
「うわ、マジかぁ……」
先輩はため息をつきながら俯いた。
「あのさぁ……あのときの秘密……知りたい?」
「はい。今すぐ知りたいです」
「うわ、どうしよ! これ、私が話さなきゃいけないパターンじゃん!」
「……そうですね」
先輩は慌てて左右を見る。警備隊の人間の位置も確認し、カウンターに置いてある音声録音装置をオフにした。
「てっきり、あの子が全部話し終えたと思ってたからさぁ! こっちはそういう体で話しかけたのに!」
「……早く教えてください」
「絶対……驚くなよ?」
「それは内容によりますね」
「分かった……できたら大声とか出さないでくれ」
「僕が大声出したの見たことあります?」
「ない!」
「では、教えてください」
「ああ。実は……デュラハン事件のとき……ん?」
そこで会話は中断された。
先輩が、門から入界者が現れたのに気づいたからだ。
「……この話はまた後にしよう」
先輩は音声録音装置をオンにして、視線を入界者へ向けた。
どうもこの話をしていると邪魔が入るなぁ……。
僕もやってきた入界者を見つめた。
「……おい、アイツ、ヤバくないか?」
「……はい。ヤバそうですね……」
でも、何か、その入界者は様子がおかしかった。
その人物は若い女性のようだが、衣服はボロボロの布を体に1枚巻いているだけ。
まるで、奴隷のような姿だ。
体のあちこちには斬られたような傷があり、彼女の肌は泥と血液で汚れていた。
何か事件に巻き込まれたような雰囲気だ。
警備員も「そこで止まれ」と声をかけるが、その異様な雰囲気に手を触れて引き止めるのを躊躇ってしまう。
傷口から血液が流出して貧血になっているのだろうか、フラフラとした歩き方をしている。
そして、今にも倒れそうな足取りで2番ゲートへ入ってくる。
彼女の目は虚ろになっており、生気を感じられない。
「……まさか……!」
僕は彼女を近くで見て直感した。
「……ロゼット!」
僕は彼女の名前を呼んだ。
出界したときと様子はかなり違うが、彼女はロゼットだ。間違いない。
僕の呼び声に反応するかのように、彼女は僕の方を見た。
「しん……さ……かん……さん?」
ドサッ……!
彼女は2番ゲートの床に力なく倒れ込んだ。
「ロゼット!」
僕は彼女の名前を叫びながら、カウンターを飛び出した。急いで倒れた彼女の元へ駆け寄り、うつ伏せになっている彼女の体を仰向けにする。
彼女の呼吸が荒い。とても苦しそうだった。
「先輩! 今すぐ救護班を!」
「あ、ああ! 分かった!」
先輩は警備隊の救護班に連絡し始めた。
「……ロゼット! 聞こえるか!?」
僕はロゼットの耳元で叫んだ。反応はない。意識を失っているようだ。
救護班はすぐに到着した。ロゼットはストレッチャーに乗せられ、施設内の治療施設へと運ばれていく。
「ロゼット! ロゼット!」
僕も救護班に随伴し、彼女に向かって名前を叫んでいた。
しかし、
「この先の部屋で検査と治療を行います! ここから先、医療関係者以外は立ち入り禁止です!」
救護班の看護師に言われた。
そのとき、僕は治療施設内部にある手術室の手前にいた。彼女を追って気づかないうちにここまで来ていたようだ。
「……はい……分かりました。彼女を……お願いします」
僕は引き下がり、手術室の前から離れた。
ロゼットは部屋の奥へ運ばれ、扉が閉められる。部屋の中を見ることはできない。
部屋の外側にある『手術中』のランプが点灯した。
ロゼット……。
どうしてあんな姿に……。
向こうの世界で、一体何があったっていうんだ……?
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