45人目 僕との別れの審査
ロゼットの死後、看護師は病室で簡単な死後処理をした。点滴の針を抜き、汚物が漏れても大丈夫なように紙オムツを穿かせる。
そうした処置が終わると、看護師は僕に話しかけてきた。
「この後、本格的な死後処理が行われます。その後、霊安室に運びますが、そこから先の予定は決まっていますか? この世界で火葬するとか、向こうの世界で土葬するとか……?」
「いえ……決まってません」
「……分かりました。今はあなたの気持ちの整理もつかないと思いますので、そうした予定は霊安室へ運ぶのが終わったら決めましょう」
「……はい」
「では、私は処置室の準備や手続きを行ってきます。30分ほどで戻ってきますので、その間、彼女に最後のお別れをしてください」
「……はい。お願いします……」
看護師は病室を出て行き、その部屋には僕とロゼットだけが残された。
僕はベッドの傍に座り、ロゼットの手を両手で握った。
冷たい手だった。
彼女と同居していた頃は何度も握った手だけど、これでもう最後になってしまう。
「……ごめん。あのとき、僕が異世界に行かせてしまったから……」
あのときの僕の判断が彼女を苦しませた。
その挙句、死んでしまった。
ロゼットは「自分を責めないでください」と言ってくれた。
最後の会話で「ありがとう」とも言ってくれた。
でも、
やり場のない怒りや悲しみが、どうしても自分を責めてしまう。
あの日、「ずっとここにいてくれ」って言っていれば、彼女が異世界に戻らなければ、せめて僕が様子を見に行けば、こんなことにはならなかった。
でも、
もう遅い。
「……ごめん」
僕は彼女の手を握ったまま、ベッドに伏した。
自然と、彼女と初めて会ったときのことを思い出す。
あのとき、彼女はただの入界者だった。
彼女が胸を見せてきたことで、僕らの関係は始まったんだと思う。
いや、もしかしたらポナパルトが僕らを引き合わせたのかもしれない。
次に会ったとき、彼女は怒れる父を止めるために入界した。
そのとき、怪我をしたことで、この世界に留まることになった。
そこから僕らの関係は親密になっていく。
その日々は、楽しかった。
僕の無味乾燥な人生に彩が生まれたような、
そんな気がしていた。
そんな日々を、僕から壊してしまった。
* * *
「……」
僕はベッドから顔を上げた。
いつの間にか、ベッドに伏したまま気を失っていたらしい。
部屋の時計はもうすぐ看護師が死後処置のために戻ってくる時間を示していた。
僕の手には、ロゼットの手が握られている。
「……?」
なぜか、彼女の手がほんのりと温かい。
僕の体温が移ったのだろうか。
しかし、それだけではない。
白かった手が、少し赤みを帯びている。
「……どうして……?」
僕はロゼットの顔を見た。血色が良くなっている。
胸も上下していて、呼吸も行われていた。
「これは……夢……なのか?」
僕は思った。
これは僕の願望が作り出した夢なんだと。
しかし、僕がそこから覚めることはなかった。
そんなことを考えているうちに、ロゼットは目を覚ました。
薄く目を開けて、瞬きをしている。
「まさか、アンデッドのウイルス……?」
僕は思った。
彼女は様々なウイルスに感染していたはず。その中に、人体をアンデッド化させるものがあっても不思議ではない。
しかし、
「……審査官さん?」
ロゼットは僕を呼んだ。
その口に吸血鬼のような牙はない。そもそも、アンデッドは呼吸をしないし、血色も良くないはずだ。
「……僕は夢を見ている?」
「夢を見ているのは、私かもしれません。今、体が全然苦しくないんです……頭もスッキリしていて……」
ロゼットもポカンとした表情で僕を見つめていた。
「本当に……ロゼットなのか?」
「はい。私です」
「どうして……生きてる?」
「……分かりません。というか、私、死んでいたんですか?」
「うん……」
ロゼットは握られている手へ視線を移す。
「……何か、手から温かいものが伝わっていると思ったら、いつの間にか体が楽になっていたんです。今見たら、それは審査官さんの手でしたけど……」
「そ、そうなんだ……」
「あの……審査官さん?」
「え……?」
「涙が出てますよ?」
「……」
僕は右手でロゼットの手を握ったまま、余った左手で自分の頬をなぞる。
涙が指に触れた。
「……ほんとだ。泣いたのなんてすごく久し振りな気がする」
その涙が一時的にロゼットを失った悲しみのものなのか、ロゼットが蘇った嬉しさのものなのかは分からないが。
そんな僕を見て、ロゼットは微笑んでいた。
彼女も涙を流しながら。
* * *
そのとき、病室前の廊下には2つの人影があった。
彼らは僕たちを覗いていたが、それに気づくことはなかった。
「……今回はアンタの世話になったわね、ポナパルト」
「おぅ! よくそんな口が叩けるものでぇす! 昔、アタシに暗殺者を送っておきながら図々しいのでぇす!」
「あのときは、アンタが目障りだったのよ」
「アタシこそ、あなたが目障りだったのでぇす! プリーディオさぁん!」
「お互い様ね……」
僕のいる病室を覗く人影は、ロゼットの方に視線を集中する。
「私、初めて蘇生魔法というものを見たのだけれど……やはり恐ろしいほど大量の魔力を流し込むのね……」
「そりゃそうでぇす。人体を蘇らせるなんて常人の魔力じゃできないのでぇす」
「そう……あなたの魔力を実感できたわ」
2つの人影はお互いを見つめた。
「何か誤解があるようでぇすね。アタシは何も魔法なんて使っていないのでぇす」
「……どういうことよ?」
「あの子が生き返ったのは、あの審査官さぁんの力なのでぇす」
「……」
「……あなたも、彼の力に心当たりがあるようでぇすね?」
「……少し……ね」
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