最終審査 生きる僕らの審査

 門が消失してから数年が経過した。


 現在、僕は異世界にある大聖堂の治療魔術師ヒーラーとして働いている。


 ポナパルトの弟子として所属し、様々な活動に参加した。白いローブを着て杖を持ち、あちこち歩くのだ。時にはドラゴンの討伐任務に随伴することもあり、けっこう辛い目に遭ったこともある。


 でも、それなりに報酬は高く、私生活には苦労していない。


 ロゼットも妻として僕を支えてくれている。

 彼女はあれからたくさん子どもを産み、僕の家は賑やかになった。


 プリーディオとルーシーは魔族の情勢を立て直し、どうにか無秩序状態になるのを防ぐことができた。

 現在、魔族は昔と比べて友好的な組織に生まれ変わっている。

 やっぱり、プリーディオも大聖堂に所属する僕と対立するのは気まずいのだろう。

 魔王たちとはたまに食事会を開いて交流を続けている。


     * * *


 そんなある日のことだ。

 僕は依頼で廃墟となった街の調査に行くことになった。

 依頼者の話では、夜になるとその街の方角から不気味な光が溢れてくるらしい。


 空が明るいうちに僕がその街に入ってみたところ、そこに最近まで人間がいた形跡を発見できなかった。発光は魔物か自然現象が原因かもしれない。


 ひびの入った街路のタイル。

 割れたガラス窓。

 埃を被った家具。

 解体された馬車。

 雑草が伸びきった植え込み。


 僕の視界に映るのはそんなものばかりだ。

 そのときの調査では怪しいものは見つからなかった。


     * * *


 その日の夕方、僕はさらに街の奥へと足を踏み入れた。日が沈み、周辺は暗くなり始めている。

 依頼者によると、その時間帯に原因不明の発光が起きるらしい。


 僕は魔物の急襲に注意を払いながら廃墟の中心部へと入っていく。

 その街は数年前まで多くの人が住み、かなり賑わっていたという記録がある。しかし、街のが消えたことで街から人が去り、現在は誰も住んでいないようだ。


 そして街の中央部に辿り着いたとき、僕の視界に何かが映った。


「……光?」


 蛍のような淡い光の粒が空中を漂っている。それも1つだけではなく、幾つも。

 その光は空中に突然現れては、吸い寄せられるように街の中心へふわふわと移動する。


「これが……依頼にあったなのか……?」


 僕はそれらを追い、不安を抱きつつも粒子が集まるところへ足をゆっくりと進めた。


 そこには、


「これは……門?」


 かつて世界と世界を繋いでいた、あの門の形をした遺跡があった。

 その光景には見覚えがある。


「もしかして……ここは……」


 この街は、門のすぐ向こうにあった街だったのだ。

 先ほどまでは街の変わりように思い出せなかった。しかし、今はロゼットと訪れたことを鮮明に思い出せる。


「そうだ……あのときも……僕はここに立っていたんだ……」


 門だった遺跡は謎の光を吸収していた。遺跡の窪みに沿って光の線が描かれ、蛍のような粒子状の光がそこに吸い込まれて消える。


「門が……魔力を吸収しているのか?」


 僕にはその光景がそんな風に見えた。


 僕が遺跡にゆっくりと歩み寄ると、門から発せられる光は強さを増す。


「うっ……!」


 僕はその光の強さに耐え切れず、自分の視界を手で塞いだ。

 街全体がその光で包まれる。


「……これは?」


 遺跡から温かい風が吹き、僕の頬をかすめた。

 ……風に混じって、どこか懐かしい匂いが運ばれてくる。昔に勤めていた、あの職場の匂い……。


 そして、


「……清太郎くん?」


 遺跡の中から懐かしい声がした。この声は……確か……。


 明るさに目が慣れ、僕はようやくを見つめることができた。


「……美帆さん?」


 門の向こう側に私服姿の水無瀬美帆が見えた。

 最後に見たときとは髪型などが異なっているが、彼女は間違いなく美帆だ。あのときの面影がしっかりと残っている。


 そんな彼女を見て、僕はホッとしてしまう。


 そうか……。

 再び門が……。


 きっとこの世界と向こうの世界は、僕らが生まれるずっと前から何度も門が開き、交流が行われていたのだ。

 それぞれの世界で文化が発達し、生物が進化し、違う世界を形作ってきた。ときどき、その世界が交流し、混ざり合う。僕ら人間のように遺伝子が似ている生物が両方の世界にいるのも、それが理由なのかもしれない。


 そして今、その交流が再び行われようとしている……。


「久し振り。清太郎くん……」

「……こちらこそお久し振りです、美帆さん……」


 彼女は大粒の涙をこぼしながらも、微笑んでくれた。


「また会えたね……」

「はい……」



【おしまい】

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