41人目 離れぬ記憶の審査

 僕はロゼットの病室を出た。

 彼女の意識が回復したら、看護師が連絡してくれるらしい。


 僕が……彼女を異世界に行かせなければ……こんなことには……。

 どうして、僕は彼女を一人で異世界に帰らせてしまったのだろう……。


 当時の僕の判断が悔やまれる……。


 僕が治療施設の玄関付近をトボトボ歩いていたところ、


「おい! ロゼットは大丈夫だったのか!?」


 声をかけられた。

 施設を出たところに先輩が待っていたのだ。


「……あぁ、先輩ですか」


 いつも聞く慣れ親しんだ声に、僕はホッとしてしまう。


「昨夜は仕事を放棄してしまってすみません……」


 深夜2時頃にロゼットとともに治療施設へ行ってから、すでに12時間以上経過していた。窓の外には夕日も見える。

 僕はその後の仕事を先輩へ任せてしまったのだ。しかも、一言も断っていない。


 きっと、ものすごく怒っているんだろうな……。


 僕はそんな風に考えていた。

 しかし、


「別にそんなことはどうだっていいんだよ! お前にとって、緊急事態だったんだろ? 緊急時のために私が残っていたんだから! それよりも、ロゼットの容態はどうなんだ!? どうして彼女はあんなことになったんだ!?」

「それは……」

「いや、やっぱりここで話さなくていい。もっと落ち着ける場所で話してくれ」

「はい……」


 先輩は僕の仕事放棄を許してくれた。ロゼットの心配までしてくれる。

 僕は、この人の部下で本当に良かったと思う……。


     * * *


 僕と先輩はゲート施設の職員用ラウンジへ行った。施設の最上階に位置し、ガラス張りの壁によってゲートホール全体を見渡すことができる部屋だ。

 僕はその部屋のベンチに腰かけ、担当医師から話されたことを先輩へ伝える。

 先輩はその話を、真剣な眼差しで口を挟まずに聞いてくれた。


「……そうか。彼女、早く目を覚ますといいな」

「……はい」

「向こうの世界で何があったのかは、本人から直接聞くしかないようだな」

「……そうですね」


 先輩はガラスの向こうにあるゲートを見下ろした。


「……お前さ、ロゼットのこと、本気で心配してるんだな」

「え……?」

「ロゼットが2番ゲートに来たとき、お前はアイツの名前をずっと叫んでた。表情もかなり強張ってた」

「はい」

「お前がそんなことするのを初めて見たからさ。いつもは無表情で、大声なんて出さないのに」


 そう言われると、そうかもしれない。

 あのときは彼女を介抱しようと必死で、自分の行動をよく覚えていなかった。


「昔と比べると、お前、表情が柔らかくなったような気がする……」

「……そうですか?」

「あぁ。昔はもっと動じなかったのにさ。これもロゼットのおかげなのかもな……」


 確かに、以前の僕ならあんな大声を出してカウンターを飛び出さなかったかもしれない。手術中もずっと心の中が苦しくて、座ってじっとしていることさえ苦痛だった。

 昔はこんなことなかったのに……。


「ところでさ、どうしてロゼットは異世界に戻ったんだ?」

「彼女の父が2番ゲートに来て、『ロゼットに実家へ戻るよう伝えろ』って言われたんです。何でも、向こうの貴族と結婚するのを条件に勘当を取り消す、という内容でした」

「それで、お前はロゼットに伝えたのか?」

「はい……。それを聞いた彼女は、『僕と結婚したい、ということを父に伝えるため実家に戻る』と言いました」

「……そうか」

「でも……こんなことになるなんて……」


 僕は俯いた。


「あのとき、僕は彼女にそのことを伝えるべきじゃなかったんです……」

「どうして……?」

「彼女の父が言っていたことは、身勝手で独りよがりで、彼女の意思を考えていないと感じたんです」

「じゃあ、どうして伝えたんだ?」

「彼女が、向こうの世界に戻るための最後のチャンスだと思ったんです……。彼女が向こうの世界に戻りたがっているなら、それでいいと。僕は彼女を手放すつもりでいました……」


 そこまで話すと、先輩は僕の隣へ座った。


「お前は、もっと自分が好きなものに執着したらどうなんだ?」

「……ロゼットにも同じようなことを言われました。生きていることにも執着がなさそうだ、って。彼女はそれを心配して泣いていましたけど……」

「まぁ、それが彼女に起きた出来事と関連しているかは分からないがな」

「……はい」


 そして、先輩は僕の肩をポンと叩いた。


「それと、今日はもう休め! 昨日の夕方からずっと起きてるだろ?」

「でも……彼女がこれからどうなるか……」

「いいから休め! いざってときにお前まで倒れちゃ本末転倒だからな! ロゼットだって、お前が無理してる姿は見たくないだろ」

「……分かりました」


     * * *


 僕は帰宅し、すぐにベットで横になった。

 彼女が心配だったが、それ以上に僕の疲労も酷かったのだろう。目を閉じていると、いつの間にか眠ってしまった。


     * * *


 その睡眠の中で、僕は夢を見た。

 それは、幼い頃の記憶だった。


 昔の出来事。


 病室のような真っ白な空間の隅に、幼い僕が立っている。

 空間の中央にあるベッドに、誰かが眠っていた。

 酷い怪我をしているらしい。


 僕の両隣に立つ両親が僕を怒鳴る。


 そこで自覚した。


『これは僕のせいなんだ』と。


     * * *


 ピピピピピ……!


 僕は携帯電話の着信音で目が覚めた。

 電話の時計には『AM01:34』と表示されている。

 僕は眠気を振り切って無理矢理体を起こし、その着信に応じた。


「……もしもし」

《もしもし、そちらはロゼットさんの保護者でしょうか?》

「はい。そうですが……」

《つい先程、ロゼットさんの意識が回復しました……》

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