第24話 ~モンパンマンは俺様にとって敵以外なんでもねぇ。~

 若菜が運動会のプログラムとにらめっこしているのを機に、麻里はアレスに近づいて小声で呼ぶ。


「ちょ、ちょっとアレスさん! 」

「あ? なんだよ麻里。今俺はまだ絵を描いてる途中だ」

「どうでもいいじゃないですかッ! あれですよ、あれ! 野河先生……意外じゃないですか?」


 麻里が少々興奮して指を示した時には、もう子ども達は笑顔で野河に手を振って自分のクラスに戻るところだった。


「あ゛? なんだよ、野河からガキが逃げてってるのならいつも見るだろ」

「違いますよ! 野河先生に対して、明らかに笑顔じゃないですか、子ども達!」

「はぁ……気のせいだろ」

「もー! アレスさん!」


「え? 何? アレスって」


 若菜のきょとんとした表情としっかりと目があった麻里。


「あれー……アレスサン……バってご存知ですか?」

「え? 何それ アレスサンバ?」


 若菜は不思議そうに麻里を見つめるが、麻里のあまりにも緊張し切った表情を疲れと勘違いし、これ以上つっこむのはやめようと思うのであった。


 風船割りゲームの練習も予行練習では行われ、子ども達がそれぞれ風船に輪ゴムがついたものを着けていく中、那奈はやはり手で持ったまま座り込んでいた。


「なぁ。まだ怖ぇのか」

「あんたか……。うん……」


 いつもの那奈とは違い、アレスに素直だった。


「そうかよ。戦いは楽しいのにな」

「たのしくない……こわいよ」

「あ?」

「ふうせん、われたらこわいの……」


 那奈は震える声でアレスを見上げた。


「割れたらそれでお終いだろ。音すげぇけど」

「それだよ……。おとがこわいの」

「音なぁ」

「うん。ばんっておとがこわいからいや」


 那奈は泣きそうな顔で膝を抱えた。


「おい……。そんな顔すんなよ。だよな、怖えんだよなぁ……」

「……」


「あっ! またアレスさんったら」


 二人のやり取りを見て、見兼ねた麻里が声をかけようとしたが、今まで見たことのないアレスの表情に驚いて動きを止めた。


 アレスは百合の顔で明らかに困った表情をしているのだ。麻里はアレスの心情の変化を見守らないのは勿体ないと、もうしばらく様子を見ることにした。


 アレスは那奈が手に持つ、風を受けつつ揺れる風船に目をやる。


「なぁ、那奈。こいつをよぉ」

「なに?」


 アレスは那奈に風船を“よこせ”と示す。那奈がそっとアレスに風船を渡すと、アレスは洋服のポケットに手を入れ、マジックを取り出した。


「まじっく……? なにするの?」


 アレスはキュ、キュ、と音を立てながら夢中で何かを描いている。


「こいつは、もんぱんまんだ。どうだ、やっつけるべき敵だろ」


 アレスが那奈に見せている所を麻里も横目で見ていた。震えた線画ではあるものの、那奈へ絵を描いているという事実に驚く。


「モンパンマンは、ヒーローだよ。やっつけちゃだめ」

「んだよ、そう言うなよ」


 アレスは那奈に再び風船を返す。


「でも……あんたのかいた、にせものなら……」


 那奈は立ち上がり、風船を砂地に置くと耳を両手で塞ぎ、恐る恐る足を乗せようとする。


「おい早くしねぇと飛んでくぞ」


 ふいにアレスが話しかけた事により驚いた那奈の足元は。足先でかすめた風船はつるりと逃げていき、那奈の足は勢い良く砂地に降りた。


「わぁっ! もおー!」


 そよ風が吹く。風船は那奈を笑うかのようにゆらゆら揺れている。那奈は黙って風船を取ると、風船に付けられていたゴムの輪に、自分の足を通した。

 アレスの描いたふにゃふにゃとした絵柄が妙に那奈にとっての力のあるものに、麻里には見えていた。


 この日の風船割り合戦の練習では、フィールド内で耳を塞いで立つ那奈の姿があった。


「えっ! 何、何があったの那奈ちゃん!」


 若菜は驚いてアレスを見る。アレスは腕を組んで那奈の様子を見ていた。


「ふっ。やっと戦場に立ったか、那奈」

「凄いです、百合先生……ただ那奈ちゃんと遊んでるだけなのかと……」

「俺様が描いたモンパンマンのお陰だ」


 口元は釣り上がっているが、この表情が喜びの表情であるということは麻里だけでなく、若菜にもやっと分かるようになってきていた。


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