第20話 ~太陽と水。~
「今日はお兄さんお姉さんも一緒だから、頑張って敵チームの風船、いっぱい割ろうね!」
若菜の声に、子ども達は一斉にはぁいと返す。
「おいおい声が小せぇぞお前ら。戦争はもっと活気がなきゃいけねぇ」
「せんそー?」
「あ、わかるー、おとうさんがこのまえやってたー。げーむのせんそー」
「ほう、経験者が居るのか。それなら話は早い」
「あの、百合先生ちょっと」
アレスの隣でツッコミをいれようとする若菜。
「いいかお前ら。相手に同情なんて要らねぇ。割れ! 割りまくれお前ら!」
「おぉー!!」
「おー!!」
アレスが拳を勢い良く突き上げる。子ども達も楽しそうにそれに合わせた。
那奈はずっとふさぎ込んだままだった。
野河がやるよと合図をし、お互いのチームが闘いの場に入ってゆく。麻里は笛を持ったまま
「麻里先生がスタートの合図と笛を鳴らしたら始めるから」
「ではいきます! よーい!」
麻里は少し息を吸い込んで、“ピッ”と短く勢い良く鳴らした。
子ども達は唸り声を上げてそれぞれの敵チームの風船を踏んで割りに行く。
パン、パンと豪快な音を立てる中、やはり那奈だけはフィールドの端の、白線の近くで皆から隠れるようにして立ったままだった。
「那奈ちゃん、たった一人だけでもいいから……」
「いや」
「おい。戦争放棄は許されないぜ」
若菜やアレスに言われても俯く那奈に、野河が強く足音を立てて近づく。
「なにやってるの! やる気のないやつは出ていって!!」
那奈は野河に腕を捕まれたかと思うと、白線のフィールドから豪快に投げられるように追い出されてしまった。那奈はバランスを崩して地面に倒れ込む。
「は!? おい!!? お前那奈に何すんだよ!」
アレスは驚いたかと思えばすぐに怒りの表情に変わり、野河に掴みかかろうとしたが、若菜と麻里が急いで止めに入る。
「ちょ、百合先生、今は、今だけはお願いですから大人しくしてて!」
「お願いです、手は出さないでください……!」
「んだよお前ら離せよ!!!」
「何か文句あんの?」
野河はアレスに鋭い視線を向ける。
「お前馬鹿かよ、小さい
野河はアレスの言葉とまっすぐな瞳に一瞬驚いたが、瞳を閉じ、大きく息を吐いた。
「うるさい、やる気のないヤツは他の子の気持ちまで乱すから」
野河が踵を返した時に、アレスの瞳には確かに見えていた。
野河の身体から、禍々しいエネルギーの太い尾が。それはまた、一瞬にして野河の身体へと隠れた。
那奈は風船を割れないまま野河に追い出さた。一人、フィールドの外で膝を抱えて泣いている。
若菜も麻里も那奈のそばに駆け寄りたいのは山々だが、先輩の行動の後に駆け寄るのはご法度だということを、暗黙の了解としていた。
・・・
「ほーら、アレスさん行きますよ」
「うげぇぇぇ嫌だぁあああ! 俺は若菜の部屋でシゴトやる!!」
「今は私とプール掃除ですから、観念して下さい」
夏から秋にかけて、運動会の練習だけでなく、夏場の1日のスケジュールに水遊びも設けられる。
そのため、水遊びで使用される小さいプール等を掃除することを、アレスと麻里は飯田により任されていた。
「なんっかよ、あちぃのにどうしてこんな事しなきゃなんねぇんだよ」
「ま、まぁー……」
「あー! ゆりせんせーだ!」
アレスの元に、聞き慣れた声の子どもが近づいてきたかと思うと、背中に思いっきりタックルを受ける。
「ってーな! 誰だよ!」
「ふっふー、わからないなんてまだまだだなぁ、ひかるだよー」
輝はきゃっきゃと楽しそうに笑ってアレスを見上げた。
「おお輝か。元気だなお前はいつも」
「うん、げんきだらけだからぁー」
アレスはそうかよと輝の頭に手を置いた。輝は驚いた顔をしてアレスを見つめる。
「あれ、ゆりせんせーどうしたの? なんかへんだよ?」
「あ? 俺がか?」
「うん。げんきがないー」
「プール掃除が嫌なだけだと思うな」
麻里はにっこりと輝へ。
「えー! それだけでかぁ、がくぅ! うーん、でもちがうとおもうんだけどなぁ」
輝はコケる真似をした後、またアレスを見つめた。
「もしかして、なにかあったの?」
輝は、まっすぐで吸い込まれるような、そんな綺麗な瞳をしている。
「……まぁ、な。ナナの奴がフーセン怖がってんだ」
「そっかぁー……こわいのかぁ」
「あぁ。しかしよ、運動会では敵の風船割んなきゃいけねぇから、困ってる」
「わぁ、こわいのに、たいへんだね」
麻里は二人の様子を不思議な気持ちで見つめる。あの魔王であるアレスが子どもに人生の相談をしているような、ちょっぴり滑稽な場面。
「そうなんだよ。あいつ絶対割らねぇから、兵士としてどうかって思うんだよなぁ」
「へーし? うーん、ナナちゃんは女の子だから。仕方ないよ」
「仕方ねぇじゃ、勝てねぇだろうがよ」
「うーん……こわいからわれないんでしょ? こわくなかったらいいのにね」
輝は腕を組んで悩む仕草をした。
「ほぅ……怖くなかったらいいんだな」
「そうだとおもうけどっ」
「ほぉぉ……! おまえはすげぇな、ひかる。流石俺の一番の下僕だ」
「え、なぁに? しもべ?」
「あぁ」
「しもべってなまえじゃないよ、ひかるだよぉもー、ゆりせんせいのわすれんぼさん」
「……めんどくせぇな、わぁったよ、ひかる」
アレスによって輝の名前が呼ばれるととても嬉しい様子の輝。
「わぁい! ぼくはゆりせんせいがだいすきだからさ!」
「わぁ! よかったですねアレスさん」
「だ……だいすき……、だと?」
「わ! うそ、照れてます!? アレスさん」
「あ゛!? うっせぇな!! ま、麻里はほらそのプールソウジしてろよ!」
「ふふ、かわいいなぁアレスさん。だけど一緒にやりましょーねー!」
麻里は語尾に少し力を込めた。
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