第21話 ~夏のある日。俺様とフーセン。~

「なぁ若菜、フーセン」

「いいですよ、はい。ちゃんと膨らませようとするんですね。何か意外」

「何だ?」

「いいえー。そしたら頑張ってください」



「こう、か……」


 アレスはしゃがみ、力を入れつつ風船を膨らませる。


「わー! ゆりせんせいふうせんふくらますのじょうずー」

「だろ? 俺だってやれば出来んだよ」


 立ち上がると、得意げに出来上がった風船を子ども達へ揺らして見せる。


「すごいすごいー!」

「ねぇかして、かしてよぉー」

「嫌だね。やっと膨らませたんだぜ」

「けちー!」

「けぇえち!」

「ふん、言ってろ子どもガキ。俺は魔王だからな」

「いみわかんねぇよー!」


 子ども達のブーイングを右から左へ流しつつ、アレスは風船を見つめる。


「フーセンはこんなにスゲーのにな。あとは……怖くなかったらいい、か……」

「百合先生、何風船とにらめっこしてるんですか。って、おぉ。出来たじゃないですか。進化っすねー」


 アレスは未だに風船をプラプラさせている。


「ああ。コイツのどこが怖いのかまず分かんねぇからな」

「まぁ、割れた時の音はかなり大きいし……怖いっていう子は居ますよね。バンッ! って」


 若菜が百合の目の前で前触れもなく大きく“バンッ”と手を叩いてみる。


「わ゛! な、何すんだよ!」

「なんだ、百合先生だって怖いんじゃないですか」

「怖い? は? 俺が恐怖を感じる訳ねぇだろ」


 驚くアレスだが、心臓の辺りが大きく脈打つ感覚は否めない。


「一度怖いって思ったら、子どもは難しいんじゃないですかねぇ」

「はぁ、めんどくせぇな」


 アレスは驚いた後のどきどきという胸の辺りを手で押さえた。

 人間の身体はどうしてこう感情に敏感なんだ。

 

 部屋の隅で絵本を読む那奈を見る。部屋を元気よく駆けて回る子ども達を避けるようにしている那奈。顔を隠すようにして絵本を読んでいる。アレスは風船を持ったまま那奈へと近寄り、しゃがむ。


「なぁ、やっぱコレってそんな怖ぇえもんなのか」

「……」


 那奈は一度顔をあげるが、アレスが来たとわかるとまた絵本へ視線を戻す。


「おい那奈」

「……」

「無視かよ。ったく」


 アレスは那奈を見つめながら言葉を続ける。


「何かよ、人間って怖ぇって思うから面倒だよな」

「……いみわかんない」

「そうかよ。とりあえず、那奈。お前がもし本当にフーセンが怖いってんなら……あれだ、大変だな」

「……うるさい、にせもののくせに」

「まぁ、そのうち俺は本物に戻るんじゃねぇの」



 俺は好きで偽物になったわけじゃねぇしな。

 


「……そう……」


 那奈はしばらくの間アレスを見つめた。その後、アレスの手に持つ風船を見る。


「それ、できたの? へたくそだったのに」

「おう」

「……すっご」


 那奈の目が少しだけ、輝いた気がした。

 その姿にアレスは目を見開いた。


「あ、那奈ちゃんのお迎えだ。那奈ちゃーん、お迎えだよー」


 若菜の声で那奈がドアの入り口を見ると、那奈の母親が手を振っていた。アレスは那奈の母親を見た瞬間、苦手なエネルギーを感じていた事に気づく。


「あれが、那奈の母親か」

「そうですよ、どうしたんですか?」

「いや、別に」



「お母さんっ!」


 那奈が嬉しそうに母親に抱きついている姿を見て、アレスは先程感じていた驚きのドキドキとは違い、アレスの苦手とするものを胸で感じていた。

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