第22話 ~野河を追え! ①~

 晴天に恵まれる日はとにかく保育時間は運動会の練習へと費やされる。

 この日の風船割り合戦の練習は、やはり那奈は野河に追い出されてしまっていた。

 那奈の顔は悲しみに歪んでおり、膝を抱えては、練習風景を見つめている。


「アイツ……野河め。ただじゃおかねぇからな」

「アレスさん、顔! 顔! 本当怖いですから」


 笛を持つ麻里は蒼白の表情でアレスを見つめる。


「人間が調子こいてると無償にやりたくなるよな」

「え゛! な、なにをですか」

「麻里は知らなくていいさ」

「怖いですから!!」

「いいじゃねぇかよ。……ま、野河あいつには居るぜ」


 その言葉の意味を知った麻里はすぐさま若菜へと視線を映す。若菜は自分のクラスの動きを見て応援している。そして那奈も見ており、こちらの会話は聴こえていないようだ。


「居るって……その……あの時みたいにですか?」


 麻里はアレスへと近づいて小言で話す。


「ああ。植野の時みたいにな」

「そう、なんですか……!?」


 麻里は言われて見れば何だか納得という表情で野河を見ていた。

 

 野河が厳しいという印象は、麻里が就職してきてから感じていたことではあった。

 野河の言葉に歯向かう行動をとったら最後、部屋を追い出されるのは日常茶飯事である。

 先輩保育士が勤務中に野河の噂話を耳にすることも多々あった。


「あの人の言葉は、園長よりも偉そう」

「相手は子どもなのにあそこまでってないわよね」

「毎年ひどくなってるわよね。更年期?」


 野河のいい噂は、今までに麻里は、聴き逃している可能性も考えられるが、未だ聴いたことはなかった。野河の存在に対し、麻里もあまり好ましいという気持ちは持っておらず、彼女への想いは、ただただ緊張と恐怖であった。


「ア、アレスさん、でも分かった以上はその、野河先生のところへは……」

「あぁ、行くに決まってんだろ。アイツの持つ魔力も、俺のものにする」


 魔王であるにも関わらず、アレスの言葉はゲームの主役のような雰囲気さえ、麻里には感じていた。


「とりあえず、アイツと二人きりになる時間が欲しいな……。麻里、何かアイツの情報ねぇか」

「えっと……。野河先生は割と、どの先生よりも帰るのが遅いので……18時半くらいが声を掛けるチャンスですかね……。それまでアレスさん、ポンポンとか小道具作ったりして、待ちますか?」

「そうだな。面倒くせぇけど」

「あっ」

「何だ、麻里」


 麻里が少し血相を変えたと思えば


「私達、衣装も作らなきゃなんですよ、この風船割合戦の」

「なんだそのイショって」


「あ゛ぉぁああ!!」


 衣装という言葉に、突然奇声を上げてこちらを振り返ったのは若菜だった。


「衣装進めなきゃ! そしてこの競技用の衣装もぉおおうぁああああ」


 野河が若菜の大声に対して目をギラつかせていた。

 若菜は野河と目が合った後の事が容易に想像でき、生唾をゴクリと飲み込んだ。


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