第25話 ~運動会前日は何かとそわそわするよな~
写真は、傍から見ればきっと褪せて見えるだろう。
野河が深呼吸して見つめると、襲ってくる感覚に謝罪するように瞳を閉じる。写真を握りしめた野河の手は、少し震えていた。
運動会まであと1日。保育士達は、子ども達の保育をする担当と、運動会当日の準備をする組と別れて仕事をする。
暑い中、お昼をお腹に流し込むように食べ、会場のライン引き等へと駆けてゆく保育士の姿も。
当日の運動会の会場として近くの小学校との連携をとって運動場を借りる。会場となった運動場にはアレスと麻里も向かっていた。
「あっぢぃぃ! クサムシリなんて面倒だぁ!!」
アレスがゴミ袋としていたレジ袋を振り上げて喚いた。アレスはところどころ地面からひょっこりと出ていた草取りの仕事を任されていた。
「こんなの仕事じゃねぇだろ雑用だろ!!」
あまりの暑さに叫ぶアレス。その声にあわてて麻里が駆けつける。
「わ、わ、もう百合先生ー! いつもやってることじゃないですか、日常茶飯事なことも忘れちゃったんですねー」
「あ゛? 変な声出すなよ麻里。見てみろよ、クズ集めさせられる俺の身にもなれよ」
「しーっ!!」
運動場に集まる保育士達が驚いてアレスを見るが、また自分の仕事に戻っていく。機材を運んだり、来賓用やクラス用のテントをいくつも数人の保育士で運んで張る光景も見られる。麻里はそんな光景を見ながら、アレスをなだめていた。
準備が大体の終わりを迎えていた夕方。この日、那奈は保育園に預けられていて、部屋の隅で絵本を縮こまるようにして読んでいた。
「那奈ちゃーん、お迎えですよー」
保育室に居た若菜は迎えに来た那奈の母を見て呼ぶ。那奈はお迎えという言葉に飛び起きるようにして絵本を棚に即座に片付けてしまうと、迎えに来た母親の元へ駆けていく。母親が、やってきた那奈を抱きしめた後、若菜と目があってしばらくして、おもむろに口を開いた。
「あの、若菜先生すみません……。那奈の事なんですけど……」
「はい、どうしました?」
「この子……競技、参加できてますか?」
競技というのは、きっと風船割り合戦の事だろう。
「あー……もしかして、風船割り合戦の事、でしょうか」
「はい、そうです……この子、とても風船怖いみたいですし、先生方にいろいろご迷惑かかってないかと思って……」
「そんな、気になさらないで下さい。初めは怖くて参加は出来ないこともありましたけど、那奈ちゃんは、那奈ちゃんなんりに頑張っていますから、大丈夫ですよ」
若菜は、ね、とにこやかに那奈に笑顔を向けた。
「うんっ! あたし、がんばるね、おかあさん!」
「そう……よかったわ。すみません、ありがとうございました」
「さようなら、わかなせんせい」
「はい。那奈ちゃん、さようなら」
那奈の母は嬉しそうに那奈へ微笑み、そして若菜に顔を向けると会釈して那奈と手を繋いで保育室を後にした。
予行練習最後の日にやっとフィールド内に立ったとは言えなかった若菜だが、明日の事を思い、頑張れと、楽しそうに歩いてゆく那奈の背中を情熱を込めた瞳で見つめた。
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