第26話 ~運動会は体力いる行事なんだからもっと寝かせろよ~


 時刻が午前5時を指した瞬間、部屋中に目覚ましの音が鳴り響いた。


「アレスさん、アレスさん!」

「起こすなよ……俺はまだ寝る……」

「駄目です! 今日は6時半出勤なんですから!」

「や゛ーだー……」


 朝からのアレスの反抗にギラリと瞳が輝いた麻里はアレスのシャツに保冷剤を投げ込んだ。


「ぎゃぁああああ!! は!? あ゛!? 何すんだよ麻里!!」

「遅刻して、連帯責任で私まで怖い目に合うのはごめんなんです」


 にっこりと笑う麻里に、少し震えさえも初めて覚えたアレスだった。


 運動会当日。職員達は早々と出勤。


「アレスさんほらっ、遅刻しちゃいますよ!」

「だぁっ! 頼むからそんな引っ張んなって!」



 麻里達がタイムカードを押した時の時刻は6時20分。運動会等の行事を行う日はとにかく集合が早い保育園は早い。


「おはよ、あんた達先輩より後に来るなんて度胸あるわー。しかもぎりぎりじゃん」


 若菜が茶化すように麻里達に声をかけてきた。麻里はひぃいと回りを見渡し、目を血走らせた野河と目が合う。


「何してんの。あんた達の分、他の先生準備してるんだからね」

「も、申し訳ありません! 今すぐ準備にかかります!」

「朝からお前本当うるさ……」


 一瞬にして青ざめた麻里が急いでアレスの口を、バチィンと音を響かせて塞いだ。


「んっぶ!!」


 いてぇと言っているのが麻里の手に伝わる振動で分かったが、命を守るほうが先だと察した。


「すみません、すみません、すぐ取り掛かります!」


 と、アレスの頭ごと下へ下げさせると、準備によりすれ違ってゆく他の先輩保育士達へも頭を下げた。野河は分かりやすくため息をつくと、荷物を再び運び出した。


「ほら、謝ってる時間あったら運ぶっ」


 植野は『園児用おみやげ』と書かれた大きなダンボール箱を持ち、笑って麻里達の肩を小突いて声をかけた。


「あ、はい!」

「へぇい。ったく。痛えっての」

「すみません、恐ろしくてつい……」

「あ゛の゛な゛、俺様の方が恐れ多いはずだぜ」

「ええ、わかりましたから、ほんとすみません。ほら行きましょう!」

「おい謝ってんのかよそれ! 心がこもってねぇぞ!」

「ほんっとすみません」


 麻里はぎゃいぎゃいと言うアレスの腕を引き、荷物置きへと向かった。

 運動会当日の朝は、運動会で使う道具等を準備する。必要であれば、前日に会場となる小学校へと許可を得て、体育館小道具や大道具を置くこともある。


 ライン引きも、行うところは朝から行う為用意する具合によっての出勤時間は変わるだろう。

 麻里達はいそいそと準備を手伝うと、会場となる小学校の運動場へと他の職員と共に歩いて向かった。


・・・・・


「わぁ、おかあさん、それかわいいリボンだね」

「ふふ、よかった。これはね、那奈が今日、楽しく運動会を過ごせますようにっていうおまじないのリボンよ」


 那奈の母親はリボンを那奈の髪ゴムに付けた。


「那奈、大丈夫よ。お母さん、お父さんと一緒に見てるからね」

「うん。おとうさんは、あとでくるの?」

「そうよ。お仕事に今は行ってるから、後で会おうねって、今朝那奈に言ってたわよ」

「わたしがねてたとき?」

「そうよ」

「そっか」


 那奈の母親が優しく那奈の頭を撫でると、那奈は微笑んだ。那奈の心は、なによりも、風船割り合戦への恐怖の気持ちとの戦いが行われていた。

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