第27話 ~真夏の熱中症には十分気を付けましょう~


 絶好の快晴に恵まれた運動会は、運動場のトラックの回りは来賓の人々で埋め尽くされたような状態となっていた。設置されたスピーカーからは会場のBGMにと軽快な曲が流れていく。

 会場は、ブルーシートであったり、カラフルなシートが各家族ごと、隙間があるのかないのかと分からない程敷き詰められ、何処を見ても人、人で賑わっている。


 各クラスのテントを保護者と保育士が声を掛け合い協力して立てていく。見上げればいろんなミニチュア国旗達の、紐に付けられたものが空を横切るように飾られている。中には、子ども達の描いた絵の旗も混ぜられているようだ。


 一通り会場の準備が終わり、そんな中、麻里はプリントを持ってブツブツと言葉を発していた。


「何の呪文だよ、それって」

「…………えっ? 呪文じゃないですよ、司会の言葉です。風船割り合戦の」


 麻里は我に返ってアレスの顔を勢い良く見た後、その隣でもう一人、ブツブツ呪文のような言葉を発している人物へ視線を向けた。


「衣装はもう終わった、衣装はもう終わった、衣装はもう……」

「わ、若菜先生、だ、大丈夫ですか?」


 次は麻里がその言葉に触れていいのかどうかオロオロしつつも聴いてみる。


「……はっ! え? あたし何か言ってた?」

「えっ……。わ、若菜先生、もうお疲れなんですよね……! 運動会終わったら、ゆっくりされてください」

「うん、ありがと……」


 微笑み合う二人である。


「時間ね……。皆、集合して」


 飯田が園長と共に職員へ手招きしつつ収集させる。


「おはようございます」


 園長の挨拶に、一斉に職員が挨拶を返した。

 いよいよ、今からは子ども達と共に運動会開始である。


・・・・・・・・


 プログラムに従い、かけっこや玉入れが順調に行われていく。アレスは園長の指示により園長席の近くに座らせられていた。麻里も勿論、アレスと同席していた。アレスの場合は問題を起こさない、という事が大前提であるが。


「どう? 運動会の記憶も……やっぱり記憶にないのかしら?」

「初めてだ」

「そう、楽しんでね。子ども達、本当に頑張ってるから」

「ああ。そうだな」


 アレスは腕を組み、足を広げていたのを少し手で触れて制した。アレスは園長に触れたことにより驚いて飛び跳ね、園長からクスクスとわらわれるのだった。


「あ゛ぁっ!?」

「はい、ほら脚。閉じてね。女性なんだから」

「俺は女性じゃなもももふが」


 途中から麻里に口を思い切り塞がれる。


「はい、注意させます」


 麻里は冷や汗を見せながら園長へ詫びた。


 そんなやり取りを観てか見ないでか。パイプ椅子から音を立てて立ち上がったのは野河だった。


「まったく……」


 一言だけ残してその場から去った。


「んだよアイツ」

「ええ……ですが、何かおかしくなかったです? 様子……」


「もしかしたら……」


 その声は飯田だった。そして、顔も心なしか真剣である。


「あの、どうしたんですか? 野河先生……」

「うん……。ちょっとね。彼女、頑張りすぎるところがあるから」


 眠れてないのかもしれない、と一言付け足して、それからはまた子ども達の声に視線を向けた。


 その時だった。


「きゃあああ!」

「大丈夫ですか!?」


 沢山の人々のざわめく声がして、飯田や園長は反射的に声をする方へ身体を向け、麻里やアレスも釣られるように身体を向け動き出す。


 沢山の人の集まりが出来た会場に皆が向かうと、そこには手伝いで来ていた保護者に支えられた野河の姿があった。


「誰か、看護係の所へ!」


 飯田が職員へ向けて声を発すると、麻里と、駆けつけていた若菜が顔をあわせ、そしてアレスを見る。


「は!?」

「いいから!」

「お、お願いします!」

「だぁ! ったく!!」


 アレスは半ば巻き込まれるように麻里達と共に野河を運ばざるを得なくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る